Be Beatrice
二人だけで暮らすには十分な間取りの部屋に、白いソファが一つ。和やかな昼の陽が良く当たる壁際に設置されている。それに腰掛けるのは、一組の恋人。眼の前のローテーブルには小さな角砂糖を幾つも入れた二人が好む甘いココアが湯気を立て、赤と青それぞれのマグカップに並々と注がれている。
日差しの中肩を寄せ合い二人は微睡む。その風景は、一種絵画的だった。 時がそこだけ、ゆるやかになる。
「あま、い」
赤のマグカップを両手で包み、縁から口を離して彼女は呟く。チョコレィト色の水面から白い水蒸気が上へ上へと立ち込める。彼は暖かい容器を彼女の白く小さな手から優しく取り上げ、コトリ、と机の上に置いた。そうして、流れるような動作で眼前の愛らしい唇に短く口接ける。まだココアの残る口唇の、花弁のようにしっとりとした刹那の感触に酔い痴れた。
「本当だ。確かにあまい」
花のように。男には不釣り合いな表現の笑い方を、彼はやってのけた。彼女が眉を歪めたのはほんの一瞬で、すぐに艶やかなな、誘うような笑みを零す。それを合図に、彼は彼女の細い腰を、彼女は彼の端正な貌を引き寄せた。
Dolceの刻が、始まる。
上半身を向き合わせながら、額を重ねる。互いの前髪がくすぐったい。指は相手と絡ませ、体温を楽しんだ。そうして瞳を覗き合う。二人は愛しい人を映す自分の目が大切ではあったが、それ以上に自分を見つめる恋人の瞳が何よりも愛おしかった。目は心の窓。そこはいつも慈愛が溢れかえっていた。それは煌めきとなって虹彩の中、らんらんと輝き満ちる。
しばらく、吐息だけが音を重ねた。す、と彼は貌を遠ざけ、彼女の艶髪に唇で触れる。瞳をつむってそれを甘受した彼女は、お返しだと言わんばかりに恋人の鼻先に紅唇を落とした。目を細めた彼の唇が頬に降ってくれば彼女は嬉しそうに首筋に、そうかと思えば今度は彼が彼女の瞼に、彼女が彼の額にキスをした。ついでに、真っ白な左手の薬指にはお互いに。それからやっと、最後のお楽しみである唇に、魅かれあった。ふれるだけの接吻は、コットンキャンディのように甘くやわらかく。戯れは静かに終わりを告げ、二人はどちらかともなく嗤いだした。くつくつと、喉の奥から。そうして、今日の恋愛遊戯はこれでおしまい、と暗に伝えるように、彼は耳元で囁いた 。
「Be Beatrice.」
Beatrice=ここでは永遠の恋人という意味で使いました。




