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恋愛はコスパが悪い  作者: 福本銀太郎


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8/20

第8話 神の目

 Zoom オンライン画面。

 パソコン画面が二分割されて、和也と恭一郎が映っている。


 和也が報告する。

「三次は役員面接だって」

「とうとう佳境だな。何やれって?」

 恭一郎が聞いた。


 和也はスマホを見ながら、三次案内の文面を読んだ。

「面接の間、5分間自由に使ってください。なにか物を使ってもいいですし、使わなくても結構です。自由な発想で臨んでください。どんな方法でも構いませんので自分自身を最大限アピールして下さい。だって」

「フリー演技ってわけだな」


「おじさん。俺、あの絵コンテのパイロット版映像を創ろうと思うんだけど」

「お、そう来たか」

「自己アピールになるかな?」

「なるよ。作品こそ、本人そのものだからな」

 恭一郎は目にグッと力を込めた。


「でも、30秒で終わっちゃう。5分間使えって」

「見せたあとで、このカットはこういう風にこだわった。とか、このカットはもっとこういう風に撮りたかった。とか解説すればいいと思うぞ」

「そうか」

「5分なんてあっという間だよ」


 和也は顎を引いた。

「本音言うとさ・・・」

「なんだ?」

「唯ひたすら、創ってみたいんだよね」

 上目遣いで言った。


 恭一郎はふっと笑い、

「それでいいよ」

 親指を立てた。


「ありがとう」

 和也も続いて親指を立てた。


 *   *   *


 和也は加恋、倉本、美穂を喫茶店に呼び出していた。

 テーブルの上には和也の描いた絵コンテが広げてある。

「なんか面白そう」

 美穂が絵コンテを覗きながら、まじまじと言った。

「主役の女子高生。友達の女子高生。告白される男子。登場人物は三人。みんなが参加してくれると、助かるんだけど・・・」

 和也は絵コンテの登場人物を指して説明した。


 美穂が顔を上げて言う。

「私、高校の制服まだ持ってるよ。加恋は?」

「うん。まだあるよ」

 加恋は少し浮かない顔をしている。


「俺も、サッカー部のユニフォームなら、まだあるぞ」

 倉本も顔を上げた。

「やってくれるのか?」

「おうよ。スガの為だ」

 倉本が膝を叩いた。


 美穂が倉本を突く。

「ウソ。私の制服姿みたいだけでしょ」

「それもある」

 即答する倉本。

「欲情しても知らんぞ」

「するさ。させてくれ。ガオーッ」

 倉本は爪を立てて両手を広げた。

「きゃあ、エッチエッチエッチ」

 美穂が倉本をポカポカ殴る。


「二人とも、騒がないの」

 加恋が二人を制すると、「は~い」と言って大人しくなった。


 加恋が、改まって聞く。

「カズ君。この会社って、どこにあるの?」


 和也が一瞬、返事に詰まると、倉本が「あ、それは」と口を開きかけた。


「うん。東京の会社なんだ」

 和也がはっきりと返した。

「ふ~ん」

 と、加恋は何かを含んだ表情で頷いた。


「え、スガ君。東京に行っちゃうの?」

 美穂が訊ねた。

「いや、間違っても、俺なんかが入れるところじゃないけどね。業界では、今注目のクリエーター集団がいるところなんだ。競争率も半端じゃない。二次の面接でも大失敗して、やらかしたし・・・」

「でも、二次通過したじゃん」

 美穂が突っ込んだ。

「まぐれでここまで来ただけだよ」

 和也の顔は引きつっていた。


「カズ君。そんな弱気でどうすんの」

 加恋が和也の手をギュッと握った。

「協力するから、絶対、夢かなえてよ」


 美穂が聞く。

「でも加恋。スガ君が遠くへ・・・」

「関係ないよ。なにが一番大事か。でしょ」

 加恋は笑ってみせた。

「ちょっとお手洗い」

 そう言って、席を立った。


 和也は加恋の背中を目で追った。

 倉本と美穂も、歩いて行く加恋の背中を追い、それを見ている和也にも視線を送った。そして、自分達でも目を合わせた。言葉は出なかった。


 喫茶店のお手洗いの中では、洗面台の蛇口から水が出っ放しになっている。

 加恋は鏡に手をついて、蛇口から出る水を、いつまでもじっと見ていた。


 *   *   *


「指の腫れは少し引いてきましたね」

 医者が恭一郎の足の状態を診て言った。

「この、人差し指と中指はかなり腫れていました。このまま血流が悪くなると、壊死につながる危険性もありましたからね」


 糖尿病は恐い。いろんな合併症を引き起こす。

 恭一郎は糖尿病による神経障害と血流障害のため、足先まで十分に血液が届きにくくなっていた。怪我などして傷が悪化すれば壊疽を起こし、最悪の場合は足を切断しなければならないこともある。


「しびれはどうですか?」 

「はい。前は、足の裏から足首の方まであったしびれが、段々上から無くなってきた感があります。以前の半分ぐらいになった気がします」

 恭一郎は不安げに聞いてみた。

「先生。タクシーの運転はまだ無理でしょうか?」


「今の状態では、まだ車を運転する仕事は勧められません。しびれも残っていますし、この紫色に変色した指も完全には戻っていません。ブレーキやアクセルを確実に操作できる状態とは言えませんからね」

 医者は、きっぱりと言い切った。

「もう少し頑張ってください。改善の兆候が見えてきたのは幸いです」

「はい。わかりました」

 恭一郎は素直に受け取るしかなかった。


 *   *   *


 陽子ちゃんからまたもやシナリオチェックの依頼が来た。

 早速目を通したが、今度はさして直すところなど見当たらなかった。

「このまま行けると思うよ。セリフも、特に俺は気になるところはなかったから」

 恭一郎は、そう電話で話した。


「そうですか。じゃ、このまま出してみます」

 陽子ちゃんはそう言って、電話を切ろうとしたが、一言加えた。

「すいません。お時間とらせるだけになってしまって・・・」


 多分、恭一郎の生活を気にかけているのだろう。

 多少なりとも、生活費の足しになればいい。と思ってくれているのが如実に感じられる。恭一郎も、当然それは助かることなので、少しは期待していた。

 が、なんの役にも立たないのに、ギャラは貰えない。やはり、相当勘どころが鈍っているのかもしれない。


「俺は、もう、オワコンだから、役に立たないかもよ」

「菅原さん。そんな・・・」

「陽子ちゃんありがとう。だけど、ごめんね。変な気を使わしちゃってるよね」

「・・・・・・」

 陽子ちゃんが黙った。

「脚本監修なら、他を当たった方が得策かもしれないよ。じゃあ」

 そう言って電話を切ろうとしたら、

「私が、なんで今でも書いているか、知ってます?」

 陽子ちゃんがそう返してきた。

「そりゃ、陽子ちゃんが才能あるからさ」

「違います。菅原さんの、せいです」


「え? 俺のせいなの?」


「そうです。こんな道に引きずり込んで置いて、とっとと自分はサヨナラですか?」

「ちょっと待って。どういうこと?」

「・・・ごめんなさい。ちょっと言い過ぎました」

 陽子ちゃんは一拍おいて、

「せいではなく、お陰なんです。菅原さんの・・・」


「話が見えないよ。俺、なんか役に立ったことあったっけ? 大体お世話になったのは俺の方だよ。自主制作の映画の時に、照明やってくれたりして、現場で懸命に動いてくれたの、今でもしっかり覚えているよ。あの時は助かった・・・」

「そんなのは、大したことじゃありません!」

 陽子ちゃんが語気を強めた。

「菅原さん。アレ、覚えています? 菅原さんが書いた『神の目』」


 ん? なんだっけ?


「忘れてるでしょ。あの20枚シナリオ、私はしっかり覚えてます」


 20枚シナリオとは、シナリオセンターで毎週出される課題を元に、200字原稿20枚という制限の中で、短編シナリオを書いてくる実践訓練だ。


 それを講師の先生が読んで、次の週に赤を入れて返却されてくる。当然、容赦なくダメだし添削されることが多い。たまには、いい部分があり、お褒めの言葉が添えられている。

 出来のいいシナリオは読み上げて、みんなで議論した。


 ところが、これが非常にキツイ。

 毎週毎週、新作を書いて出すなんて、シナリオを習い始めた受講生には至難の業だ。正直何も書けなくて提出出来ないときもある。それが何週か続くと、自分の才能のなさに嫌気がさしてくる。自己の存在否定が始まる。

 不安と緊張で、ノイローゼにでもなったのか。と自分を疑う。それに耐えきれず、脱落していく者が次々と現れるのが現実だ。

 でも、これを乗り切らないと、前には進めない。誰もが通る道と言っていい。


 陽子ちゃんが続ける。

「神の目。囲碁のシナリオですよ。三波春夫の言葉に触発されるヤツ。菅原さんが書いたんですよ」

「そんなの。あったっけ?」

 恭一郎はすっかり忘れていた。20年前のことだ、無理もない。

「もう、いいですか・・・」

 そう言って、陽子ちゃんが話し始めた。


 当時、少年ジャンプで『ヒカルの碁』が大ヒットした。

 子供たちに空前の『囲碁ブーム』が到来した。マンガの影響力はすごい。囲碁なんて年寄かごく限られた者のたしなみだった。それが、普通の子供たちが興味を持ち始めたのだ。


 編集部は二匹目のドジョウを狙って、囲碁のマンガを企画する。

 が、碁に詳しいものなど、漫画家にも原作者にもなかなかいない。そこでシナリオセンターにも、囲碁のマンガ原作が書けるものがいたら、紹介して欲しいと声がかかっていた。


 講師の先生が、ある時、授業の初めにそれを言った。

「碁のシナリオなら、ジャンプ編集部が目を通してくれるかもしれないので、書ける自信がある人は、挑戦してみてください」と。

 ところが、碁に詳しいものなどいなかった。誰もが、自分には無理だ。

 と諦めているところに、恭一郎が書いて持ってきた。


 それが『神の目』だった。


「ああ、あったね。そんなの」

 恭一郎はおぼろげに思い出した。だが、内容は思い出せない。

「どんな話だったっけ?」


「囲碁のシナリオと言っても、碁の場面なんてほとんどないんですよ。三波春夫の『チャンチキおけさ』を踊らされる14歳の天才少年と、井の頭公園で裸踊りをする、酔っ払いの大師匠の話で。私、読んで笑っちゃったんですけど、最後、その天才少年は、自分のおじいちゃんの言葉で、ハッとして」


「はいはい。確かに。なんとなく思いした」

 恭一郎に、ぼんやりと記憶が蘇った。


「だけど、私が印象的だったのは話の内容よりも、菅原さんが書いて来たってことなんですよ」

「うん?」

「みんな、碁のことなんか知らないので無理だと言ってました。私もそうでした。でも、菅原さんは、書いてきた。碁のことにはほとんど触れずに、人間ドラマを書いてきた。それが、私にとっては衝撃でした」


 恭一郎はむず痒くなった。

「多分それは、碁の事がわからないから、話をそらして、逃げの手を打ったんじゃないかな」

「だから、その発想に驚いたんです。結局書いて持ってきたのは、菅原さんだけでした。肝心なのは、そこです」

「まあ、それは俺も若かったから。じゃないかな~」

 恭一郎がそう言うと、陽子が黙った。


 しばらく沈黙が続いた。


「菅原さん。神の目。もう一度読み直してみたらいいと思います」

「とは言っても、シナリオデータが飛んじゃって、もうないんだよね」

 恭一郎は、へへっと笑った。


「私が、データを貰ったの覚えてますか? 私の思い出のシナリオなので、記念にくださいって言ったの覚えてます? 送りますから、その気になったら読んでみたら、如何でしょうか?」

 そう言って、陽子ちゃんは返事も待たずに電話を切った。


 早速パソコンにメールが届いて、データが添付されていた。



 ―― 20枚シナリオ『神の目』


 14歳の天才囲碁少年、佐藤純平は、はれて大師匠・大木鉄山の弟子になった。

 弟子になれば、存分に囲碁の指導をしてもらえる。

 と期待していた純平だが、師匠は一行に碁を教えてくれない。


 それどころか、連日、花見に行っては酔っぱらって、裸踊りをする始末だ。

 鉄山師匠が、三波春夫の『チャンチキおけさ』を歌い出すと、弟子達は揃って踊りださなければならない。


 兄弟子の一人が純平に聞いた。

「佐藤君。三波春夫を知っているかい?」

「ええ、『お客様は神様です』って言う人でしょ。じいちゃんがファンですけど」

「そうか。よかった」

 弟子たちが一斉に踊りだす。


 純平も一応、見様見真似で後に続いた。

「佐藤君。声が出てないよ」

「だって、みんな見てますよ」

「これは先生の十八番中の十八番だから、しくじらないようにしないと・・・そこ、手拍子二回だから!」

「こ、こうですか・・・」

 パンパンと二回鳴らした。


 純平は帰宅すると、おじいちゃんに、『チャンチキおけさ』のCDを借りた。

 そして、その日習った踊りを繰り返し練習した。


 ある時、兄弟子たちに純平は不満を漏らした。

「先生はなんで、いつもあんな滅茶苦茶なんでしょうか?」


 兄弟子たちはこう言う。

「碁は芸である。これが鉄山先生の哲学なんだ。我々プロは常に観衆の眼に晒される。いかに驚きと感動を与える碁が打てるか。そこが大事なんだ。先生はね、絶えず究極の芸人になる為の研究・努力を重ねているだけなんだ」


「はあ、僕はいつになったら碁の指導をしてもらえるんでしょうか?」

「先生は碁の指導なんかしないよ」

「えっ!」

「芸は盗む物だから、鉄山塾ではね、先生からは盗むだけ。何もくれやしないよ」

 純平は愕然とした。


 家に帰って、純平はおじいちゃんに相談した。

「なるほど・・・それでやめるかどうか迷っているわけか」

「じいちゃん、どう思う?」

「う~ん・・・わしは鉄山先生に三波春夫と通ずるモノを感じるな」

「どういうこと?」

「純平、『お客様は神様です』ってどういう意味か知っとるか?」

「えっ?」

「三波春夫がステージで毎回言う、決まり文句『お客様は神様です』。あれは、決してお客に媚びへつらっているわけではないんだ・・・お客様の目は鋭くて、自分が少しでも手を抜くと、すぐに見抜かれてしまう。お客様は『神の目』を持つお方である。故に芸人は常に精進しなければならないと自分を戒めているんだ、と聞いたことがある」


 純平は目を皿のようにした。

「へえ~・・・深いなあ」

「だろう。だから素晴らしいんだ三波春夫は・・・鉄山先生も同じ『神の目』を意識して勝負してるんじゃなかろうか。勝手な推測じゃが」

「う~ん・・・」

「どうする。やめて他の師匠に付くか?」

「いや、俺、もう少し頑張ってみるよ。じいちゃん、三波春夫の他の曲教えてよ」

「よっっしゃ、任しとけ」


 おじいちゃんがCDをかけると、

「先生!」

「おお、蕎麦屋か!」

 と掛け合いが始まった。


 三波春夫の、150万枚の大ヒットを記録した歌謡浪曲、

『元禄名槍譜(げんろくめいそうふ) 俵星玄蕃(たわらぼしげんば)』の一節だった。


 おわり ――



 読み終えた恭一郎は、しばらく画面を見つめたまま動かなかった。

 恭一郎は思った。

 あの頃の自分は一体どこへ行ってしまったんだろう。と。

 時計の秒針が刻む音だけが響いていた。

 チッ。チッ。チッ。

 いつの間にか、一筋の涙が頬を伝っていた。



 第8話 終


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