第8話 神の目
Zoom オンライン画面。
パソコン画面が二分割されて、和也と恭一郎が映っている。
和也が報告する。
「三次は役員面接だって」
「とうとう佳境だな。何やれって?」
恭一郎が聞いた。
和也はスマホを見ながら、三次案内の文面を読んだ。
「面接の間、5分間自由に使ってください。なにか物を使ってもいいですし、使わなくても結構です。自由な発想で臨んでください。どんな方法でも構いませんので自分自身を最大限アピールして下さい。だって」
「フリー演技ってわけだな」
「おじさん。俺、あの絵コンテのパイロット版映像を創ろうと思うんだけど」
「お、そう来たか」
「自己アピールになるかな?」
「なるよ。作品こそ、本人そのものだからな」
恭一郎は目にグッと力を込めた。
「でも、30秒で終わっちゃう。5分間使えって」
「見せたあとで、このカットはこういう風にこだわった。とか、このカットはもっとこういう風に撮りたかった。とか解説すればいいと思うぞ」
「そうか」
「5分なんてあっという間だよ」
和也は顎を引いた。
「本音言うとさ・・・」
「なんだ?」
「唯ひたすら、創ってみたいんだよね」
上目遣いで言った。
恭一郎はふっと笑い、
「それでいいよ」
親指を立てた。
「ありがとう」
和也も続いて親指を立てた。
* * *
和也は加恋、倉本、美穂を喫茶店に呼び出していた。
テーブルの上には和也の描いた絵コンテが広げてある。
「なんか面白そう」
美穂が絵コンテを覗きながら、まじまじと言った。
「主役の女子高生。友達の女子高生。告白される男子。登場人物は三人。みんなが参加してくれると、助かるんだけど・・・」
和也は絵コンテの登場人物を指して説明した。
美穂が顔を上げて言う。
「私、高校の制服まだ持ってるよ。加恋は?」
「うん。まだあるよ」
加恋は少し浮かない顔をしている。
「俺も、サッカー部のユニフォームなら、まだあるぞ」
倉本も顔を上げた。
「やってくれるのか?」
「おうよ。スガの為だ」
倉本が膝を叩いた。
美穂が倉本を突く。
「ウソ。私の制服姿みたいだけでしょ」
「それもある」
即答する倉本。
「欲情しても知らんぞ」
「するさ。させてくれ。ガオーッ」
倉本は爪を立てて両手を広げた。
「きゃあ、エッチエッチエッチ」
美穂が倉本をポカポカ殴る。
「二人とも、騒がないの」
加恋が二人を制すると、「は~い」と言って大人しくなった。
加恋が、改まって聞く。
「カズ君。この会社って、どこにあるの?」
和也が一瞬、返事に詰まると、倉本が「あ、それは」と口を開きかけた。
「うん。東京の会社なんだ」
和也がはっきりと返した。
「ふ~ん」
と、加恋は何かを含んだ表情で頷いた。
「え、スガ君。東京に行っちゃうの?」
美穂が訊ねた。
「いや、間違っても、俺なんかが入れるところじゃないけどね。業界では、今注目のクリエーター集団がいるところなんだ。競争率も半端じゃない。二次の面接でも大失敗して、やらかしたし・・・」
「でも、二次通過したじゃん」
美穂が突っ込んだ。
「まぐれでここまで来ただけだよ」
和也の顔は引きつっていた。
「カズ君。そんな弱気でどうすんの」
加恋が和也の手をギュッと握った。
「協力するから、絶対、夢かなえてよ」
美穂が聞く。
「でも加恋。スガ君が遠くへ・・・」
「関係ないよ。なにが一番大事か。でしょ」
加恋は笑ってみせた。
「ちょっとお手洗い」
そう言って、席を立った。
和也は加恋の背中を目で追った。
倉本と美穂も、歩いて行く加恋の背中を追い、それを見ている和也にも視線を送った。そして、自分達でも目を合わせた。言葉は出なかった。
喫茶店のお手洗いの中では、洗面台の蛇口から水が出っ放しになっている。
加恋は鏡に手をついて、蛇口から出る水を、いつまでもじっと見ていた。
* * *
「指の腫れは少し引いてきましたね」
医者が恭一郎の足の状態を診て言った。
「この、人差し指と中指はかなり腫れていました。このまま血流が悪くなると、壊死につながる危険性もありましたからね」
糖尿病は恐い。いろんな合併症を引き起こす。
恭一郎は糖尿病による神経障害と血流障害のため、足先まで十分に血液が届きにくくなっていた。怪我などして傷が悪化すれば壊疽を起こし、最悪の場合は足を切断しなければならないこともある。
「しびれはどうですか?」
「はい。前は、足の裏から足首の方まであったしびれが、段々上から無くなってきた感があります。以前の半分ぐらいになった気がします」
恭一郎は不安げに聞いてみた。
「先生。タクシーの運転はまだ無理でしょうか?」
「今の状態では、まだ車を運転する仕事は勧められません。しびれも残っていますし、この紫色に変色した指も完全には戻っていません。ブレーキやアクセルを確実に操作できる状態とは言えませんからね」
医者は、きっぱりと言い切った。
「もう少し頑張ってください。改善の兆候が見えてきたのは幸いです」
「はい。わかりました」
恭一郎は素直に受け取るしかなかった。
* * *
陽子ちゃんからまたもやシナリオチェックの依頼が来た。
早速目を通したが、今度はさして直すところなど見当たらなかった。
「このまま行けると思うよ。セリフも、特に俺は気になるところはなかったから」
恭一郎は、そう電話で話した。
「そうですか。じゃ、このまま出してみます」
陽子ちゃんはそう言って、電話を切ろうとしたが、一言加えた。
「すいません。お時間とらせるだけになってしまって・・・」
多分、恭一郎の生活を気にかけているのだろう。
多少なりとも、生活費の足しになればいい。と思ってくれているのが如実に感じられる。恭一郎も、当然それは助かることなので、少しは期待していた。
が、なんの役にも立たないのに、ギャラは貰えない。やはり、相当勘どころが鈍っているのかもしれない。
「俺は、もう、オワコンだから、役に立たないかもよ」
「菅原さん。そんな・・・」
「陽子ちゃんありがとう。だけど、ごめんね。変な気を使わしちゃってるよね」
「・・・・・・」
陽子ちゃんが黙った。
「脚本監修なら、他を当たった方が得策かもしれないよ。じゃあ」
そう言って電話を切ろうとしたら、
「私が、なんで今でも書いているか、知ってます?」
陽子ちゃんがそう返してきた。
「そりゃ、陽子ちゃんが才能あるからさ」
「違います。菅原さんの、せいです」
「え? 俺のせいなの?」
「そうです。こんな道に引きずり込んで置いて、とっとと自分はサヨナラですか?」
「ちょっと待って。どういうこと?」
「・・・ごめんなさい。ちょっと言い過ぎました」
陽子ちゃんは一拍おいて、
「せいではなく、お陰なんです。菅原さんの・・・」
「話が見えないよ。俺、なんか役に立ったことあったっけ? 大体お世話になったのは俺の方だよ。自主制作の映画の時に、照明やってくれたりして、現場で懸命に動いてくれたの、今でもしっかり覚えているよ。あの時は助かった・・・」
「そんなのは、大したことじゃありません!」
陽子ちゃんが語気を強めた。
「菅原さん。アレ、覚えています? 菅原さんが書いた『神の目』」
ん? なんだっけ?
「忘れてるでしょ。あの20枚シナリオ、私はしっかり覚えてます」
20枚シナリオとは、シナリオセンターで毎週出される課題を元に、200字原稿20枚という制限の中で、短編シナリオを書いてくる実践訓練だ。
それを講師の先生が読んで、次の週に赤を入れて返却されてくる。当然、容赦なくダメだし添削されることが多い。たまには、いい部分があり、お褒めの言葉が添えられている。
出来のいいシナリオは読み上げて、みんなで議論した。
ところが、これが非常にキツイ。
毎週毎週、新作を書いて出すなんて、シナリオを習い始めた受講生には至難の業だ。正直何も書けなくて提出出来ないときもある。それが何週か続くと、自分の才能のなさに嫌気がさしてくる。自己の存在否定が始まる。
不安と緊張で、ノイローゼにでもなったのか。と自分を疑う。それに耐えきれず、脱落していく者が次々と現れるのが現実だ。
でも、これを乗り切らないと、前には進めない。誰もが通る道と言っていい。
陽子ちゃんが続ける。
「神の目。囲碁のシナリオですよ。三波春夫の言葉に触発されるヤツ。菅原さんが書いたんですよ」
「そんなの。あったっけ?」
恭一郎はすっかり忘れていた。20年前のことだ、無理もない。
「もう、いいですか・・・」
そう言って、陽子ちゃんが話し始めた。
当時、少年ジャンプで『ヒカルの碁』が大ヒットした。
子供たちに空前の『囲碁ブーム』が到来した。マンガの影響力はすごい。囲碁なんて年寄かごく限られた者のたしなみだった。それが、普通の子供たちが興味を持ち始めたのだ。
編集部は二匹目のドジョウを狙って、囲碁のマンガを企画する。
が、碁に詳しいものなど、漫画家にも原作者にもなかなかいない。そこでシナリオセンターにも、囲碁のマンガ原作が書けるものがいたら、紹介して欲しいと声がかかっていた。
講師の先生が、ある時、授業の初めにそれを言った。
「碁のシナリオなら、ジャンプ編集部が目を通してくれるかもしれないので、書ける自信がある人は、挑戦してみてください」と。
ところが、碁に詳しいものなどいなかった。誰もが、自分には無理だ。
と諦めているところに、恭一郎が書いて持ってきた。
それが『神の目』だった。
「ああ、あったね。そんなの」
恭一郎はおぼろげに思い出した。だが、内容は思い出せない。
「どんな話だったっけ?」
「囲碁のシナリオと言っても、碁の場面なんてほとんどないんですよ。三波春夫の『チャンチキおけさ』を踊らされる14歳の天才少年と、井の頭公園で裸踊りをする、酔っ払いの大師匠の話で。私、読んで笑っちゃったんですけど、最後、その天才少年は、自分のおじいちゃんの言葉で、ハッとして」
「はいはい。確かに。なんとなく思いした」
恭一郎に、ぼんやりと記憶が蘇った。
「だけど、私が印象的だったのは話の内容よりも、菅原さんが書いて来たってことなんですよ」
「うん?」
「みんな、碁のことなんか知らないので無理だと言ってました。私もそうでした。でも、菅原さんは、書いてきた。碁のことにはほとんど触れずに、人間ドラマを書いてきた。それが、私にとっては衝撃でした」
恭一郎はむず痒くなった。
「多分それは、碁の事がわからないから、話をそらして、逃げの手を打ったんじゃないかな」
「だから、その発想に驚いたんです。結局書いて持ってきたのは、菅原さんだけでした。肝心なのは、そこです」
「まあ、それは俺も若かったから。じゃないかな~」
恭一郎がそう言うと、陽子が黙った。
しばらく沈黙が続いた。
「菅原さん。神の目。もう一度読み直してみたらいいと思います」
「とは言っても、シナリオデータが飛んじゃって、もうないんだよね」
恭一郎は、へへっと笑った。
「私が、データを貰ったの覚えてますか? 私の思い出のシナリオなので、記念にくださいって言ったの覚えてます? 送りますから、その気になったら読んでみたら、如何でしょうか?」
そう言って、陽子ちゃんは返事も待たずに電話を切った。
早速パソコンにメールが届いて、データが添付されていた。
―― 20枚シナリオ『神の目』
14歳の天才囲碁少年、佐藤純平は、はれて大師匠・大木鉄山の弟子になった。
弟子になれば、存分に囲碁の指導をしてもらえる。
と期待していた純平だが、師匠は一行に碁を教えてくれない。
それどころか、連日、花見に行っては酔っぱらって、裸踊りをする始末だ。
鉄山師匠が、三波春夫の『チャンチキおけさ』を歌い出すと、弟子達は揃って踊りださなければならない。
兄弟子の一人が純平に聞いた。
「佐藤君。三波春夫を知っているかい?」
「ええ、『お客様は神様です』って言う人でしょ。じいちゃんがファンですけど」
「そうか。よかった」
弟子たちが一斉に踊りだす。
純平も一応、見様見真似で後に続いた。
「佐藤君。声が出てないよ」
「だって、みんな見てますよ」
「これは先生の十八番中の十八番だから、しくじらないようにしないと・・・そこ、手拍子二回だから!」
「こ、こうですか・・・」
パンパンと二回鳴らした。
純平は帰宅すると、おじいちゃんに、『チャンチキおけさ』のCDを借りた。
そして、その日習った踊りを繰り返し練習した。
ある時、兄弟子たちに純平は不満を漏らした。
「先生はなんで、いつもあんな滅茶苦茶なんでしょうか?」
兄弟子たちはこう言う。
「碁は芸である。これが鉄山先生の哲学なんだ。我々プロは常に観衆の眼に晒される。いかに驚きと感動を与える碁が打てるか。そこが大事なんだ。先生はね、絶えず究極の芸人になる為の研究・努力を重ねているだけなんだ」
「はあ、僕はいつになったら碁の指導をしてもらえるんでしょうか?」
「先生は碁の指導なんかしないよ」
「えっ!」
「芸は盗む物だから、鉄山塾ではね、先生からは盗むだけ。何もくれやしないよ」
純平は愕然とした。
家に帰って、純平はおじいちゃんに相談した。
「なるほど・・・それでやめるかどうか迷っているわけか」
「じいちゃん、どう思う?」
「う~ん・・・わしは鉄山先生に三波春夫と通ずるモノを感じるな」
「どういうこと?」
「純平、『お客様は神様です』ってどういう意味か知っとるか?」
「えっ?」
「三波春夫がステージで毎回言う、決まり文句『お客様は神様です』。あれは、決してお客に媚びへつらっているわけではないんだ・・・お客様の目は鋭くて、自分が少しでも手を抜くと、すぐに見抜かれてしまう。お客様は『神の目』を持つお方である。故に芸人は常に精進しなければならないと自分を戒めているんだ、と聞いたことがある」
純平は目を皿のようにした。
「へえ~・・・深いなあ」
「だろう。だから素晴らしいんだ三波春夫は・・・鉄山先生も同じ『神の目』を意識して勝負してるんじゃなかろうか。勝手な推測じゃが」
「う~ん・・・」
「どうする。やめて他の師匠に付くか?」
「いや、俺、もう少し頑張ってみるよ。じいちゃん、三波春夫の他の曲教えてよ」
「よっっしゃ、任しとけ」
おじいちゃんがCDをかけると、
「先生!」
「おお、蕎麦屋か!」
と掛け合いが始まった。
三波春夫の、150万枚の大ヒットを記録した歌謡浪曲、
『元禄名槍譜 俵星玄蕃』の一節だった。
おわり ――
読み終えた恭一郎は、しばらく画面を見つめたまま動かなかった。
恭一郎は思った。
あの頃の自分は一体どこへ行ってしまったんだろう。と。
時計の秒針が刻む音だけが響いていた。
チッ。チッ。チッ。
いつの間にか、一筋の涙が頬を伝っていた。
第8話 終




