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恋愛はコスパが悪い  作者: 福本銀太郎


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3/20

第3話 カレーとブロッコリー

 和也がリクルートスーツを着て、上がり框に腰を掛け靴の紐を締めている。

 すると、沙織と香織、双子の妹がやってきて、和也の背中によっかかる。

「にいちゃん。どこ行くの?」

 二人で同時にくると、ずしっと背中が沈んだ。双子姉妹は10歳になる。ついこの間まではなんともなかったが、随分重くなったもんだ。と和也は思った。


「香織も連れてって」

「こら。今日はダメだ」

 母親の紀子がやってきて、二人を和也から引き剥がす。

「兄ちゃんは、会社の面接に行くんだから邪魔しないの」


 和也は立ち上がって振り返ると、財布から二万円を抜き取って、紀子に差し出した。

「バイト代入ったから」

「助かるわ。ありがとう」

 紀子は受け取って、綺麗にお札を畳んで両手で挟んだ。

 その手を合掌するようにして、顔の前に持ってくる。

「面接うまくいきますように」


 和也は、うん。と頷いて、「行ってきます」と言いながら玄関を出て行った。


 *   *   *


『山口ムービー株式会社 面接はこちら。→』

 面接試験会場の張り紙に沿って、和也は足を運んだ。


「失礼します」と言って、ドアを開ける。

 中に入ると、お座り下さい。と言われてから、座る。

 椅子は浅めに腰かける。

 背中にびっしょりと掻いた汗が、シャツを貼りつかせる。


 ひとしきり質問に答えたあとに、好きな映画はありますか?と、聞かれた。

 この話題ならキリがないほど喋れる。若干高揚した。

 いや。待て待て。

 羽目を外してはいけないぞ。これこそ、引っ掛けかもしれない。

 好きな話題を振っておいて、本性を暴いてやろう、という魂胆か。


 和也は、面接官の年齢からして、古い映画をチョイスした。

「やはり、『ローマの休日』です。名作ですから」

 ほお。いいですね。と全員が口を揃えた。

 ロマンスグレーのご高齢の面接官が言った。

「私はね。グレゴリーペックが写真を破って、スクープを諦めるところが好きで」

 多分、重役クラスの方だ。


「僕もです。お金より、愛を選んだ。あそこは、カッコいいです」

 と、和也は追随した。

 だが、グレゴリーペックは映画の中で写真を破っていない。


 和也にこう言ったのは二人目だ。

 あのシーンは印象が強くて、さも、写真を破ったように、記憶を改ざんする人がいるみたいだ。でも、それはそれでいい。と和也は思った。

 その人には、そう見えた。そう見たかった。というほど、いいシーンだからだ。


 時間が来たので、立ち上がって礼をした。

 失礼します。と言って、和也は静かにドアを閉めた。


 面接室をあとにして、和也はネクタイを緩めた。

「いけたかな・・・」

 若干、口元が緩んだ。


 *   *   *


 維新みらいふスタジアム。

 レノファ山口のホームグランドだ。和也と倉本、加恋と美穂の四人で観戦に来た。

 レノファのオレンジ色のユニフォームをお揃いで着ている。

 ソフトドリンクを四つ、和也が買って席に戻ると、レノファがシュートを決めた。

 ――ヤッター。

 倉本と美穂がハイタッチして大喜びだ。

 和也もソフトドリンクを椅子に置いて、加恋と軽くハイタッチ。

 レノファが勝って、四人は大満足だった。


 *   *   *


 一級河川『佐波川』の河川敷には、広々と芝生が敷き詰められている。

 ウォーキングやジョギング、犬の散歩などでも利用され、市民の憩いの場所でもある。

 澄み切った晴天。抜けるような青空だ。

 よく刈り込まれた緑の芝生に、空より青いブルーシートが敷いてある。

 ブルーシートの真ん中には、三段重ねのお重が置いてある。


「内定おめでとう!」

 倉本、加恋、美穂が手にクラッカーを持ち、和也に向けて紐を引く。

 パン、パン、パンとはじける。


 どうも。と和也がペコっと頭を下げる。例の山口ムービー(株)から内定通知が来た。

「私達から、内定祝いもかねて、じゃーん」

 美穂がお重の蓋を開ける。

「じゃじゃーん」

 加恋も続いて、二段目、三段目のお重を披露する。


「わ、すげえ」

「うまそう」

「でしょ。食べて食べて」

 美穂が、倉本君も食べてね。と促す。


「俺もいいんすか?」

「もちろん。青空の下、これを食べてから、天満宮に行くってのはどう?」

「今度は倉本君の番だから、ちゃんと願掛けしないとね」

「うれしいっす」


 加恋と美穂は目配せをした。


 ×   ×   ×


 遡ること三時間前。

 加恋と美穂はエプロン姿で料理をしていた。

 加恋の家のシステムキッチンは結構広くて使い勝手がいい。


 加恋がボールに入った卵をかき混ぜながら、美穂に言う。

「あまり時間ないからね」

「は~い。菅原君、内定決まってよかったね」

「うん。一安心だと思う」

「で、お祝いと称して手料理で釣るってか。策士じゃのう。このこの」

 美穂が長ネギで加恋の腰のあたりを突く。

 加恋は、もう。という顔をして、

「あんたの為でもあるんだからね」

「なんで?」

 美穂はキョトンとした。


「あの二人。恋愛はコスパが悪い。って言ってたの」

「なにそれ。バカじゃない」

「だから、少しはコスパのいい女子力を見せてやんなくちゃ」

「なるほどね」

「特に、細マッチョの倉本君。デート費用は男子が払うものだ。って、昭和みたいなこと言ってたのよ」

「おや、可愛いところあるじゃん」

「でもそれで、せっかく稼いだバイト代も無くなってたんだって」

「カッコつけがぁ。あっ」

 美穂が長ネギを振ると、ポキッと折れた。


 加恋が眉をしかめて聞いた。

「もう。わかった?」

「はい。私は、お金のかからない女子です」

「そういうこと」

「お弁当大作戦。発動!」

 美穂、今度はブロッコリーを高々と掲げる。


「だから。もう時間ないの」

「はーい。それ玉子焼き?」

「そうよ・・・」

 と言いながら、加恋は掻き混ぜた卵にマヨネーズを入れた。

「へえ。玉子焼きにマヨネーズ入れるのか。知らんかった」

「コクが出るからね。あと、牛乳も少々っと」

 今度は小さじで牛乳を加える加恋。


「牛乳も。おぬしはホントに研究熱心じゃの。いい嫁になるぞよ。感心感心」

「ほら、時間ないから」

「おお、そうじゃった」

「じゃあ、ジャガイモの皮剥きからね」

「ラジャー」

 と、美穂が敬礼すると、ピンポン、とインターホンが鳴った。


「あ、お父さんだ」

 キッチンを出て行く加恋。


 加恋の父、西沢修三は交通事故で下半身が麻痺してしまった。

 電動車椅子での外出から帰ってくると、玄関で屋内用の車椅子に乗り換える。

 加恋は介添をして乗り換えるのを手伝う。

「よいしょっと」

「ありがとう」

 と、修三が言うと、美穂がキッチンから顔を出した。

「おじさん、お邪魔してます」

「おや、美穂ちゃん。いらっしゃい」

 加恋は修三の足を、片方ずつステップに乗せた。


 ×   ×   ×


 和也と倉本がおにぎりを手に持ったまま、箸を口に運んでいる。

「やっぱり人が握ったおにぎりはうまい!」

 倉本がそう言って頬張る。

「ああ、そうだな」

 和也もガッツク。


「お二人で作ったんですか?」倉本が聞くと。

「もちろんそうよ」美穂が自慢気に答えた。

「ありきたりなものしか無くて、悪いんだけど」加恋は、少し謙虚気味だ。


「そんなことないですよ。全部うまいですよ」

「こんな弁当、俺、初めてっすよ」

「特にこの玉子焼き。めっちゃうまくないか」

「ああ、はじめて食った。こんなうまいの」

 そう言いながら、ガツガツ食う二人の男子。


 加恋と美穂、視線を合わせてニタリと笑った。


 *   *   *


 東京・中野区。

 恭一郎が住む木造二階建てのアパート。築50年は過ぎていそうな古い建物だ。

 集合ポストを開けると、チラシが無造作に突っ込んである。

 チラシの下から封筒が一枚出てきた。


 恭一郎が封筒を開け、書面を取り出して見ると、

『不 採 用』の文字が大きく書かれていた。

 はああ。と大きくため息を吐く。


 部屋に入って、スマホと封筒をローテーブルに置くと同時に、着信が鳴った。

 画面には、『和也』と出ている。

 恭一郎はすぐに出た。

「もしもし。和也か?」

「おじさん。急で悪いんだけど、近く、一晩泊めてもらえないかな」

「そりゃかまわんが。東京に来るのか?」

「うん。就職試験があるんだ」

「そうか。就活か。お前もそんな年になったか。全然いいぞ」

「あ、おじさんゴメン。友達が来た。また電話するね」

 恭一郎は電話を切り、ローテーブルに置いた『不採用』の封筒を、ビリビリっと破いてゴミ箱に捨てた。


 *   *   *


 コンコン。とノックの音。

 恭一郎が玄関を開けると、和也がリクルートスーツを着て立っていた。

「おお、よく来たな。上がれ」

 キャリーバックを受け取って、和也を部屋にあげた。

 部屋にはカレーの匂いが充満している。

 和也が来るので、恭一郎はカレーを作って待っていた。

「いい匂いだね」

 そう言いながら、和也はキャリーバックからTシャツとスエットを出して着替えた。


「おかわりあるからな、どんどん食えよ」

「うん。ありがとう」

 和也にはカレーライスを出し、自分は茹でたブロッコリーと人参に塩を振ったものだ。

 カレーはカロリーが高すぎて、糖尿病の恭一郎には危険だった。


「で、就職試験はうまく行ったのか?」

 恭一郎が聞く。

「今日は一次の筆記試験だけだったんだ。それなりに出来たとは思うけど」

 カレーを食べながら和也が答える。


「やっぱり東京の会社に憧れるか?」

「それもあるけど、給料が格段にいいんだよ。地方より」

「でも、家賃もそれなりに高いぞ」

「寮があるらしくって、家賃は格安だって」

「会社はどこだ?」

「新橋ってところ」

「そっか」

 恭一郎は、人参にフォークを刺して口に運んだ。


「奨学金の返済が始まったとしても、それでも、給料の良さでメリットがあるんだ」

「給料だけで決めていいのか? やりたい仕事か?」

 恭一郎がそう聞くと、和也がスマホを出してスクロールした。

「実は・・・ここなんだ」

 今日、一次を受けに行った会社のサイトだった。


「おお、ゲットか」

「うん。映像制作では、今、ライジング中の会社」

 和也はさらに画面をスクロールして、いかにも嬉しそうに動画を見せた。

「見て、カッコいいCM創るよね」

「ここは一流だからな」

「俺も、こういうの、創ってみたいなぁと思って」

 和也の顔が生き生きしている。


「よし。お前、東京へ出て来い」

 恭一郎はドンとテーブルを叩いた。


「まだ早いよ。一次の筆記試験を受けに来ただけだから。落ちたら終わり」

「何人ぐらい受験に来てた」

「ゲットは人気あるからね、百人以上は来てたと思う」

「で、何人採用されるんだ?」

「多分、二人か、三人・・・」

「おいおい、それは」

 恭一郎、ハッと息を飲んで、止めた。


「うん、わかってる。とりあえず挑戦してみたかったんだ。一応、山口で内定貰っている会社がすでにあるから、ダメだったら、そこに就職するよ」


 しばしの沈黙が流れた。


「お前が夢を持ってて安心したよ」

 恭一郎が切り出した。

「なに?いきなり」

「ほら、最近の若者には野望がない。家も車も別に欲しいとは思わない。出世すら望まない。って聞いていたからな」

「出た。最近の若者」

「いやいや。オッサンの説教をタレルつもりじゃ無いんだ」

「じゃあ、なに?」

 和也の素直な問いかけに、恭一郎は向き直り、改まって答えた。


「俺はお前たちの世代が気の毒だと思ってる。ここ30年、ずっと不景気で閉塞感が漂っているからな。将来に希望を持ち、夢を持つなんて難しいよな。俺達の若い頃は、高度経済成長からバブルまで迎えたからな。まさに、イケイケどんどんの時代だったよ」


 和也は首を傾げて聞いてきた。

「そう聞くけど。ピンとこないんだよね。将来に対する不安はなかったの?」

「ハッキリ言って、なかった」

「わかんないな。若い時って、いろいろ不安じゃん」

 和也は、不思議そうな顔をしている。


「すまんな~。バカっぽいよな俺ら。そりゃ、個人個人では、若さゆえにいろいろと悩みはあったと思う。でも、それとは違うんだ」

「何が違うの?」

 和也が突っ込む。


「社会の気運だ。世の中全体が上昇志向で溢れていた。みんな、なんとなく、浮き浮きしていたんだ。いや、そりゃ貧乏なヤツも多かったんだぞ。スマホもパソコンもない時代だ。今の方がよっぽど物質的には恵まれているよ。俺の友達も、貧乏なヤツ多かったけど、将来は出世して、家買って、高級車持って、綺麗な嫁さん貰って、ハワイに新婚旅行だ。なんてほざいてな。そういう漠然とした空気感の中で『成りあがり』を片手に上京していったもんだよ」


「成りあがりって?」


「永ちゃん。矢沢永吉の本だ。貧乏時代の広島から上京して、ビッグスターに成りあがるまでの自伝だな。バカな俺達はみんな、永ちゃんに憧れ、夢を見せられ、自分もそうなるぞ。って、根拠なくワクワクしてたなぁ」


「根拠、ないじゃん」


「だから。それが、社会の気運なんだよ。景気もそうだぞ。景気はマインド。っていうだろ。気分なんだ。みんなの気分が世の中を明るくも暗くもするんだ」

「心が反映してるってこと?」

「おおそうだ。いい着眼点だ。気の持ちようってヤツだ」

「気持ちを明るくしても、相変わらず生活は厳しいよ。うちは・・・」

 和也はそう言って、カレーをすくった。


 恭一郎は言葉が出なくなった。

 ブロッコリーにフォークを刺して口に運んだ。


「明日、もう帰るのか?」

「うん、高速バスのチケットとってあるから」

「高速バスか。飛行機じゃないのか?」

「飛行機は高いからね。バスは時間が掛かって大変だけど、レベチなんだ」

「レベチって?」

「安さのレベルが違う。ってこと」

「飛行機代くらい俺が持つぞ」

「無理しないで、今おじさんが厳しいのはわかってるから」

 そう言って、和也はコップの水を飲み干した。


「それより、二次に進んだら、また泊めてもらっていい?」

「ああ、いいぞ」

「ありがとう。宿泊費が浮くだけでも大助かりだよ」


 恭一郎は空になった和也の皿を引っ手繰るように、取った。

「もっと、カレー食え。こんなもんしか無くて悪いけどな」

 立ち上がってキッチンに向かった。


「おじさん。体は大丈夫なの?」

「ああ、ちょっとこじらせたけど。落ち着いた」

「死んだ父さんも糖尿病だったから、心配だよ」

「ああ、心配かけて、すまん」


 そう言いながら、恭一郎はカレー鍋に火を入れた。

 甥っ子の大事な時に、大して役に立てない自分が情けなかった。

 気がつくと、オタマを握る手に力が入り、思い詰めたように掻き回していた。



 第3話 終


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