第11話 こちらエビグラタンになります
Zoom オンライン画面。
パソコン画面が二分割されて、和也と恭一郎が映っている。
「ほう。いい笑顔が撮れたな。なかなかだ」
恭一郎が言う。
「うん。おじさんの言った通り。変にダメ出ししなかったのが良かったのかも」
和也が答える。
和也は、あら編した動画を恭一郎に見て貰っていた。
「初めて撮ってこれだけ出来れば上等だよ」
「おじさん。なんか物足りないんだけど、どうしてかな?」
和也が顔をしかめて訊ねた。
恭一郎が、うん。と頷き、少し考えてから口を開いた。
「正直言って、ちょっと息苦しいな」
「うん。そうそう。そんな感じ。何故だろう?」
「人ばっかり映ってるからだ」
和也は、ほう。と息を漏らした。
「人を見せたいなら、この場合、女子高生だが、この子が何を見ているのか。何を気にしているのか。何に囲まれているのか。を提示するのがお約束なんだ」
「ふんふん」
「それを、インサートカット。という」
「インサートか。なるほど」
和也は、小刻みに頷いた。
「人は、一人では存在していない。あらゆるものとの関係性の中で、その人物の輪郭が浮き上がってくる」
「関係性か・・・」
「人を見せたいなら、人だけ映せばいいわけじゃない。花屋だったら花。時計屋だったら時計。パン屋だったら焼きたてのパン。人は、その人の周りにある物や人物との関係性から、その人の物語が見えてくる」
和也がスッと手を上げた。
「でも、おじさん、あれは?」
「なんだ?」
「無人島に漂流して、一人で暮らしいる人・・・ロビンソン・クルーソーみたいな感じの・・・」
「いい質問だ。和也。まさにそれだ」
恭一郎が、画面を指差した。
「どういうこと?」
「一見、一人で暮らしている様に見える漂流者だ。だけどその人は、毎日毎日、いつ通るかどうかわからない船を期待して、はるか沖合を見つめている。まだ見ぬ船との関係性、来るかどうかわからない迎え人との関係性の中で、生きている。その一縷の望みが、彼の希望を支えているんだ」
「そうか。船を待ってるけど、なかなか来ないから、切ないんだ。そのうち、髪も髭もぼうぼうになってくる」
「そうだ。そして数年が経つ」
「気の毒だよね。待ってないより、待ってる方が、キャラが立つね」
「そういうことだ」
「なるほどな~・・・」
和也は、顎に手を当てて固まった。
恭一郎が言う。
「ま、関係性の話は深掘りすると、キリがないからな。今回の場合は、この女子高生の周辺の物をパパっと入れ込むだけでいい。かなり変わるぞ」
「フライパンとか包丁とか?」
「それもありだ。あと、ガスが点火する瞬間とか。時間を気にしてるなら、時計とか。こういうのは、思いつくものをランダムに現場でブツ撮りしておく。で、編集のときに、いろいろ貼り付けて見て、いい感じのものを残せばいいんだ」
「いい感じか。え? なんだろう」
和也は、一瞬考えこんだ。
恭一郎がたたみ掛ける。
「あまり難しく考えない方がいい」
「でも、花瓶の花は関係ないでしょ。料理をしているんだから」
「いや。違う。花のある暮らしが見えてくる。その方がいい」
「そうか。生活感か・・・」
和也はハッとした。
「観客を信用しろ。人間ってのは、本人より、本人が何を見てるか、何を感じているか、何で笑っているか、泣いているか。で、その人を好きになる。ポイントは、人ばかり映さないで、物を映す。すると、観客が勝手に繋いで想像してくれる」
「そういうもんなんだ」
「ああ、和也だって、そうやって映画を楽しんでいるんだぞ」
「確かに。そうかも」
和也は深く頷いた。
「おじさん。俺、ワンチャン、ブツ撮り行ってくる」
「おお、それがいいかもな。あんまり拘るなよ。お前の性分ならキリがなさそうだ」
「わかった。ほどほどにするよ。ありがとう」
和也は、親指を立てた。
恭一郎が聞く。
「和也。ちょっと聞くが、ワンチャンって、もう一回って意味か?」
「うん。正しくは、ワンチャンスだけど、いろんな意味で使うよ」
「はあ。お前らについて行くのは大変だ。レベチとかワンチャンとか、こっちも勉強になるよ」
「大したことじゃないよ。わかんなかったら。聞いて。じゃあ」
和也は軽く手を上げて答えた。
* * *
和也は早速、加恋に連絡して、キッチン内でのブツ撮りをお願いした。
加恋の家を訪ねて驚いた。
「あ、にいちゃんが来た」
「にいちゃんも食べに来たの?」
玄関を開けると、香織と沙織が駆け寄って来た。
「アレ? なんで、お前たちがいるんだ?」
和也は思わず聞いた。
「今日はマドレーヌなんだよ」
「レモンを絞って入れるんだって」
双子がピョンピョン飛び跳ねてる向こうで、加恋がエプロンで手を拭きながら、笑顔でやって来た。
「いらっしゃい」
香織と沙織は、加恋にお菓子作りを教えて貰いにやって来ていた。
今日で二回目らしい。前回はクッキーを習い、今日はマドレーヌだという。
確かに、「お菓子作りに行ってくる」と双子が家を出て行ったのは覚えている。てっきり友達の家に行ったと思っていた。それが、ここだったとは・・・。
和也は咄嗟に思った。
以前、倉本に「周りが見えなくなってんじゃねえよ」と怒られた。
まただ。
自分の妹たちと彼女。こんな近さでありながら、見えなくなっていた。
何はともあれ、礼節に欠くことだけは避けたい。加恋に、すぐさまお礼の言葉を発した。
「どうもありがとう。うちのがお世話になってます。うるさいでしょ」
「全然大丈夫。それより、何か用意するものある?」
電話でブツ撮りのことを伝えていたので、加恋が気遣ってくれた。
「うん。ありがとう。なにかあったら相談する。まずは、そのままで」
和也は、マドレーヌ作りをしている三人の横で、キッチンにある物を次々と撮影していった。
花瓶に花が生けてある。
おじさんの言う、花のある暮らしがそこにあった。
透き通るような純白の花びら。花びらの縁だけが濃い青紫色の絵の具を引いたように染まっている。上品で気品あふれる花だ。加恋に聞いた。
「これ。なんという花?」
「それは、トルコキキョウって言うの。つぼみがトルコ人のターバンに似ているでしょ」
すぐに答えてくれた。
凄い。自分は花など何にも知らない。和也は感心した。
キッチン用具や時計、花など、一通り撮影し終わって、和也は椅子に腰かけた。
三人が楽しそうにマドレーヌ作りをしている姿をボーっと眺めた。
「あーあ、はみ出ちゃった」
「焼くと膨らむから、容器の八分目ぐらいでいいのよ」
マドレーヌ生地を絞り袋から容器に流し込むのに、力加減が必要らしい。双子は揃って苦戦していた。加恋がお手本を見せる。スッと鮮やかに生地を切る。
笑い声が絶えない中でマドレーヌ作りがすすむ。
三人を眺めながら、和也はふと、その光景にいつの間にか見入っている自分に気がついた。
妹たちの笑顔。そして、加恋の笑顔。
恭一郎の言葉を思い出した。
「人間ってのは、本人より、本人が何を見てるか、何を感じているか、何で笑っているか。で、その人を好きになる。」
双子が笑う。
加恋も笑う。
その笑顔を見て、和也も同じく笑っていた。
* * *
恭一郎が、アルバイトから帰宅すると、スマホが鳴った。
桐野陽子と画面に出た。
陽子ちゃんには、この前、シナリオデータを送られて、怒られたばかりだ。
少し気まずかったが、スマホに出た。
「菅原さん。ちょっと相談がありまして」
「なに?」
「私、人気ユーチューバーの『社会の出窓』さんの台本作りに参加しているんですけど、何か企画を探していて、菅原さんに、最近気になったことがないか。お聞きしたくて・・・」
「ユーチューブの企画か。おじさんの俺に聞いても意味なくない」
「いえ。今のユーチューブは、御歳を召した方も多く見られているので、関係ないですよ。むしろ、社会の出窓さんは、幅広い観点を必要としているチームですから」
「へえ・・・」
恭一郎は少し考えた。
「ひとつあるとしたら、最近の若者言葉かな」
「若者言葉。ですか・・・」
陽子ちゃんは、覇気のない返事をした。多分、企画会議で散々出た議題なんだろう。目新しさは何もない。と言う反応だ。
「ごめん。ごめん。今さらって感じだよね。いやね。最近、甥っ子と話をしていたら、レベチとかワンチャンとか、ほら、こっちが知らない単語が出てくるからさ」
恭一郎は、貧素なアイデアで申し訳ないと思い、言い訳がましく答えた。
「甥っ子さんが、いらっしゃるんですか?」
「うん。大学四年で目下、就活中」
「だったら、菅原さんがそう感じるのは生っぽいですね」
陽子ちゃんは、多少聞く耳を持ってくれたようだ。
「甥っ子は今、ファミレスでバイトしているんだけどね。あの、ファミレス敬語ってのも、前から気になっていたんだよね」
「○○で、よろしかったでしょうか? とかですよね」
陽子ちゃんも半笑いで返してきた。この変な敬語は、よく指摘される事象だ。
「それもあるけど。俺が笑っちゃうのは、『こちらエビグラタンになります』なんだよね」
「なにが可笑しいんですか?」
「いや。言わないよ。その場では、決して言わないけど、心の中でつい、突っ込んじゃうんだよ。いつ、なるの?って」
「ははは」
陽子ちゃんが笑った。
「どう見ても、今出されたのは、エビグラタンなんだけどね。これが、これからエビグラタンになるのか。そうか。だとしたら、これはまだ、エビグラタンじゃないのか。じゃあ、これは一体何なんだ。―――ま、それはいいとして、これが、今からエビグラタンになるらしい。どうやって、エビグラタンに変身するんだろうか。これは見ものだ。滅多にないチャンスに巡り合えたぞ。って考えて、密かに、笑いをこらえるんだよね」
「おもしろ~い。菅原さ~ん。もう、あははは・・・」
陽子ちゃんの笑いが止まらなくなった。
そんなに、笑ってくれるなら本望だ。恭一郎も一緒になって笑った。
「菅原さん。一度企画会議に参加しませんか?」
「俺が?」
「はい。菅原さんの切り口は、もしかしたら、今のチームに必要かもしれません。それに。菅原さんだって、生活があるでしょ。なんらかの足しになれば、いいじゃないですか」
「でも、俺なんかが行って、役に立つかな」
「とりあえず、段取りつけますので、また連絡します」
と言って、陽子ちゃんは電話を切った。
* * *
Zoom オンライン画面。
パソコン画面が二分割されて、和也と恭一郎が映っている。
和也は、インサートカットを差し込んで、編集し直したあら編を恭一郎に見て貰った。
恭一郎が言う。
「いいね。だいぶ見やすくなった」
「うん。時計、花、料理の本が、あるのとないのでは、大きく違うね」
和也が答えた。
「和也。ひとつ聞くが、これは朝の五時か?」
「うん。早起きした設定」
「じゃあ、朝。のワンカット欲しいな。夕方の五時かもしれない」
「そうか・・・どうしよう」
和也は考え込んだ。
恭一郎が言う。
「ま、簡単に済ませるなら、テレビ画面をドアップで映して、『おはようございます』って挨拶するところを入れる。とかな。自分の家で済む」
「おじさん。あれは?」
「なんだ?」
「新聞配達がポストに新聞を入れる。カタンっと、音がするやつ」
「そうそう。よく見るよな。それ」
「ちょっと、朝の風景をいくつか撮ってみるよ」
「いいんじゃないか。室内ばかりより、外の空気があった方が新鮮だ」
「うん。それで、30秒きっかりに仕上げてみる。出来たら、また見て」
「ああ、いいぞ」
恭一郎は親指を立てた。
「あ、和也。ちょっと聞きたいんだけど・・・」
「なに?」
「お前、バイトで、おかしな敬語使ってないか?」
「使ってるよ。もう慣れたけど」
和也は即答した。
恭一郎は、陽子がセッティングしてくれた企画会議に備えて、和也にリサーチをしてみることにした。
「それは、普段、自分達で言いながらも、変だな。と思っているってことか?」
「他の人はどうか知らないけど、俺は、つい心の中で突っ込んじゃう」
「例えば、どんなのがある?」
恭一郎は興味津々で聞いた。
「一万円の方からお預かりします。って、方って、方角だろ。どっちだよ。って」
和也の吐き捨てる様な言い方が、また可笑しかった。
「ははは。なるほど。一万円からお預かりします。で、いいよな」
和也が続ける。
「あと、こちらにご署名して頂く形になります。かたちって、必要?」
「確かに。ご署名して頂きます。でいいよな。ははは・・・」
「それとも、署名するのに、型があるんか!」
「あははは」
恭一郎は手を叩いて笑った
「本日は雲竜型でお願いしております。とかね」
「じゃあ明日は、メッセンジャーRNA型でお願いします。だな」
恭一郎も被せた。
「あははは・・・アホみたいだよ」
和也の突っ込みも、なかなか鋭い。
「あれはどうだ? よろしかったでしょうか。これは問題ないか?」
「おじさん。それはね、一度ホールスタッフのみんなで、話し合ったことがあるんだ」
「ほう」
「もしも、よろしかったでしょうか。を止めるとする。すると、こうなるんだ。先程お伺いした内容でお間違いございませんでしょうか。これ長いでしょう。お客さんも、イラっとする。で、結局、よろしかったでしょうか。で、いいんじゃないかって、結論に至った」
「なるほど。理にかなっているな」
恭一郎は感心した。
と、同時に和也の突っ込みアレコレを聞いて思った。
俺とそっくりだ。血は争えないな。と。
第11話 終




