第1話 恋愛はコスパが悪い
カタログギフトには欲しいものがない。
こんなに分厚いのに、いくらページをめくってもどれひとつしてそそられる物がない。
ページをめくる音だけが、山口経済大学の学生食堂の隅でやけに大きく響いていた。
「ないな」
菅原和也はパタンとカタログを閉じた。
「ないか? こんなにたくさん揃っているのに」
和也の友人、倉本正彦が聞いた。
倉本の従兄弟の結婚式の返礼として、カタログギフトが送られてきたらしい。
倉本家では、カタログギフトに関しては、正彦が好きな物を選んでいいということになった。それを受けて、倉本は大学に持ってきて、学食で親友の和也にカタログを見せた。和也に欲しいものがあったら、選んでいいぞ。と、言ってくれたのだ。
倉本の気遣いは有難かった。こいつはいいヤツだ。
その倉本がこういい出した。
「俺、このカタログギフトって、なんか好きくない。気持ちがこもってないだろ。いや、言いたいことはわかる。別に欲しくないお皿とか時計とかもらうより、そちら様の欲しいものを、どうぞお選び下さい。って、その方がお得でしょって」
「自分で選ぶのが面倒くさいからだろ」
「そこだよ。だから気持ちがこもってないって言うんだよ」
まあ、倉本の言いたいことはわかる。そこは賛同するし、一家言ある。
「現金を出したんだから、現金で返して欲しいよな」
倉本が、ん? という怪訝な顔をした。
「俺は気持ちの話をしてんだよ」と、そう言う。
和也はピクっと反応した。
「いいか、クラ。こちらはご祝儀に現金を包んだんだ」
「お前が出したわけじゃないけどな」
「一般論だ。聞け。現金のお返しなら、現金じゃないと。そう思わないか?」
「一般論か?」
倉本は、また始まった。という顔をしている。
倉本のように違和感を覚えている人間でも、そこから先は考えない。
「そういうものだから」で終わってしまう。
和也には、その「そういうものだから」という理不尽な悪習が一番納得できなかった。
「結婚式にご祝儀を出すことに異存はない。お祝いをしたいという気持ちも、こちらにはある。だから、現金を包んで渡す。でもなんで、お返しが品物なんだ。 しかも、こんなにラインナップが揃っているのに、必要ないものばかりだ。フェアじゃない。どうせくれるなら、現金の方が助かる。こちらの出した分の半額でいいから、現金にしてくれ。ご祝儀という儀式をなくせとは言わない。そんなのはモースの贈与論にも反する」
「なんだそれ?」
「マルセル・モースの贈与論。習っただろ」
「知らん」
「贈与には返礼義務が・・・」
「知らんよ」
「そうやって関係性を維持する・・・」
「寝てた」
「でも、現金で返してはいけない。とは言っていない」
「そうなのか?」
「いや、知らんけど」
「なんだよそれ。もう、やめてくれ」
倉本は苦虫を噛みつぶした。
「しかもな、クラ」
「まだあるのか」
「ご祝儀って一万円じゃ少ない気がするよな」
「まあな」
「でも、二万円は偶数だから駄目だ」
「そうらしいな」
「だから次は三万円になる」
「そうだな」
「その次は、なんと・・・五万円だ。このインフレ率はなんだ」
「縁起を担いでいるからだろ」
「バカ。二万でわかれる夫婦なら、三万包んだって別れるぞ。こっちは投資損だ」
「やめなさい!」
倉本はカタログを手に取ってパラパラとめくりながら、
「スガ。お前が心配だよ。ちゃんとした結婚生活が送れるのか。そんなに理屈っぽくて」
「そうか・・・普通だろ」
と、和也は呟いた。
* * *
「休憩はいりまーす」
西沢加恋は賄いのパスタを持って休憩室に入った。
休憩室ではすでに食事を済ませた和也と倉本が、椅子に座って黙々とスマホを見ている。
和也と倉本は、大学も同じ、バイト先も同じである。
二人の地元、防府駅から徒歩五分ほどの場所にあるファミレスだった。
「おっつー」
加恋が声を掛けると、
「お疲れ様で~す」
和也も倉本もスマホから目を離さず、気だるく返した。
加恋がテーブルにパスタとスマホを置き、椅子に座って食事を始めると、スマホにメッセージが入った。画面をタッチして、それを見ながら二人に話しかける。
「ねえ。二人ってさぁ」
「はい?」
「彼女いるんだっけ?」
和也と倉本は、相変わらずスマホを見ながら、「いませんよ~」と軽く答えた。
「飲み会来ない? 私の友達、可愛い娘いるよ」
和也と倉本、「えっ」という反応。加恋が続ける。
「ホント。結構粒ぞろいだから、チャンスかもしれないよ」
「マジっすか? おい、どうする?」
倉本は、前のめりになっている。ところが、和也が、
「う~ん・・・」
と、苦虫を噛潰したような表情で、首をひねる。
「菅原君は嫌かな?」
「嫌っていうか、俺はそういうのにそぐわないって言うか・・・」
「飲み会苦手なんだっけ?」
「いや、そうじゃなくて。なんか申し訳なくて」
「大丈夫。菅原君、結構イケメンだから。自信もって」
「結局、出会いを求めて集まってくるわけでしょ。西沢さんのお友達。俺はそういう出会いを求めてないので、ちょっと失礼かなっと・・・」
加恋は「ん?」と、眉をしかめた。
もしかしたら、余計な領域に立ち入ったかもしれないと思った。
そのまま眉をしかめた表情で倉本に視線を送った。
倉本も、何かを察知して、手を振って咄嗟に答えた。
「いえいえ、こいつゲイじゃないですよ」
あ、そう。変な取り越し苦労だったので、ホッとした。
「大学生でしょ。彼女とか欲しくないの?」
改めて聞いた。
「なんか、面倒臭いかなって・・・」
「面倒臭い女子かどうかは、よく見極めなきゃ。そのための飲み会よ」
「いや。女子が、というより・・・恋愛そのものが」
「え?・・・菅原君、大丈夫?」
加恋がそう聞くやいなや、
――ああ、わかる気がする!
突然、倉本が上を見上げて声を張った。
ビクッとなる加恋。
「なんかいろいろ、ゴチャゴチャと回りくどい事するの、もうメンドイよな」
倉本も倉本だ。なにがあったのかは知らないが、後追いしてきた。
「なんか嫌だな。若い人がそう言うの」
加恋は思わず口走った。
「出た。出た出た。若者の恋愛離れを責める声。西沢さん、それ、オッサンと一緒」
倉本に指を差された。
「別に責めてないけど・・・」
加恋は、フォークでパスタをクルクルと巻きながら、視線を落とした。
和也がスマホを見ながら、気だるく言う。
「彼女もつくれないクズって、言われるからな~」
「うっせよな。何にも知らねーで」
「結局、コスパ悪いんだよ。恋愛って・・」
「うまいこと言う」
「そっかぁ」
「そうだって。金も時間も無駄に掛かるし、かといって、うまくいかない事多いしよ」
「そんなに多いのか?」
和也は顔をあげて聞いた。
「ああ・・・ダメだ。ダメだ。ダメだ・・・」
倉本は肩を落とし、首を振って繰り返した。
「お前、頑張っているんだな」
和也は感心したような顔を向けている。
倉本が、何故か立ち上がった。
「俺。スガの、そういうちゃんと言語化出来るところがすげえと思う。なんかモヤモヤしてたもんが、スッキリした!」
「なんかニュアンスが違うな」
「なにが?」
倉本がそう聞くと、
「そんなカロリー高くないんだよ。こっちは」
和也が飄々と答えた。
「いいや。今のは納得した!」
それでも、倉本のテンションがさらに上がっていく。
和也が加恋に視線を送ってきた。
「クラはですね、デートで金払うのは男の役目だ。っていう、旧タイプなんですよ」
「うっせえな。それは、それだよ」
倉本がはっきりと言う。
「へええ・・・」
加恋は倉本を少し見直した。なかなか気骨がある。
「そういう意味でクラは、人よりずっと、コスパが悪いとは思います」
和也はニタリ顔をしている。
なにが可笑しいのかしら、この子は? と加恋は思った。
「そんなこと言ったら、女子だってそうよ。メイク、服、靴、脱毛、ダイエット、何かしらお金と時間掛けちゃうから」
「それは自分磨きじゃないんですか?」
「そうとも言えるけど。ほとんど恋愛に繋がっているの。不特定多数に向けてというより、あの人に見て貰うために。の方が俄然意欲が湧いて磨きが掛かってしまうの。報われなきゃ、丸々大損だよ」
同じ目線で言い返したくなった。
男子ばっかり損している。とは聞き捨てならない。女子だって、苦労しているのだ。
すると、和也が首を傾げながら、
「う~ん、掛けた金額の問題じゃない気がする」
と、切り返してきた。
「どういうこと?」
「え~と、うまく説明できるかどうかわからないけど。例えば、アイドルに惜しみもなくお金をつぎ込む人がいるでしょ。アレはコスパがいいんじゃないかな」
「あの人たちは、アイドルを恋愛対象とみてないでしょ」
「だから。なんです。恋愛対象と見ないから、恋愛的リターンを期待しない。『推し』としてお金をつぎ込んだ分だけ充実感、満足感を得られる。っとでも言うのかな」
「それは単に、趣味にお金を使ってる人だよ」
「そう、趣味なら納得出来るんですよ。もしくは、育成ゲームの感覚で、推しのランキングを上げることを至福の喜びとする。これはコスパ良し。と言えます」
おや。今までの流れとは違う意外な展開だわ。
「でも、アイドルにガチで恋しちゃう人もいるよ」
「ええ、問題はそのガチ恋勢です。アイドルは『商品』として夢を提供しているだけなのに、それを恋愛だと勘違いする。そこから全部おかしくなるんです。大枚はたいて、挙句の果てに虚しくなる。貯金も給料も全部吸い取られて、借金地獄にハマるクズ野郎です」
「なんか辛辣だなぁ」
和也の物言いに少し戸惑った。
「もっと問題なのは、その先でストーカーになって事件を起こすヤツがいるでしょ」
「それはそうね。恋愛どころか、愛憎関係にまでいっちゃうヤツ。あれ、ヤダわー」
これには同感。そういう事件が多いのも事実だ。
「やべ、俺、ストーカーになりかけたことあるわ」
倉本が吐露した。
「ええ!」
「別れた彼女が忘れられなくて、家の前で待ち伏せたことある」
「それを言ってんだ。バカ。やめろ」
和也が突っ込んだ。
「ああ、やめた。途中で、何やってんだ俺。って気づいて、情けなくなって帰った」
「ああ、よかった。気をつけてね」
「事件起こしたら、人生アウトだぞ」
「うん、わかってるよ。でも、だからこそ、さっきのスガの言葉に納得したんだと思う」
「どの言葉?」加恋が聞いた。
倉本が改まって和也に問う。
「恋愛は?」
「コスパが悪い」
しみじみと頷く倉本。
そんな二人のことを、加恋はただ、じっと見ていた。
第1話 終




