第五話 前世の記憶を持つ人たち
「前世の、記憶」
「そう。前世の記憶」
大真面目な表情で頷く艶乃さんに、私は固まる。
そんなこと、あるのだろうか。
私以外の人にも前世の記憶があって、転生して、この街に住んでいるなんて。
(だとしたら、だとしたらエリザも——)
脳裏に浮かんだ考えに、私は思わず短くえずいた。
胃液が口内を触れる。気づかれないように、喉を動かし、ぐっと息をつめた。
(会いたくない。どの面下げて……ッ。友人だと言ったくせに、助けるって言ったくせに、肝心なところで見殺しにしたんだ。こんな、何も償わずにのうのうと生きている姿を見られたりなんかしたら——)
——「私を殺して、王子と結ばれて、幸せだった?」
耳元で、彼女の亡霊が囁く。
エリザはそんなこと言わない。分かり切っているはずなのに、彼女に憎悪に満ちた目で見られることを考えるだけで、嗚咽が漏れそうだった。
(気づかれたくない。私が私だって。知られたくない、私は、エリザに——)
「なごり、大丈夫?」
艶乃さんの声が耳朶を打つ。私は我に返り、慌てて取り繕うように笑った。
ぎこちない、下手くそ。
「やっぱりこんな話、急には受け入れられませんよね」
「ごめんねぇ。てっきり一緒かと」
「千紘ちゃんは、人の話をちゃんと聞くべきだよ!」
心配そうに私を見る六人の顔には、それぞれ複雑な表情が浮かんでいた。
(こんなことを聞いたら、普通の人は笑い飛ばすか、気味悪がるんだろうな。うん、たぶん、それが正しい反応なんだ)
けど、私はそれが出来なかった。
だって、記憶があるのは本当だって、私自身が一番よく分かっているんだから。
——「リディア、もし、私が居なくなっても、忘れないでね」
いつかエリザが言った言葉が、心の奥で木霊する。
忘れるわけない。忘れない。
差し伸べられた細い指先、目の前で揺れる鮮やかな髪、赤いルージュが良く似合う唇が弧を描き、眩しそうに細められる瞳。
私はいつだって、私だけの星を——。
「ッ……! ……?」
思考にノイズが走り、痛み出した米神に、思わず頭を押さえる。
——「もういいの。もう全部、終わりにしたい」
なに、この記憶……?
「……あの日、図書館で言ってくれたでしょ? 星が導いてくれるって。ほんとだった。いつだって星は私を導いてくれた」
色褪せた、モノクロに近い風景。
ベランダに立つ私の髪を、風が強くかき乱していく。
誰だ? 誰に言っている?
分からない。脳裏に浮かぶ光景は不完全で、部屋の奥に誰かが立っているのに、性別すらハッキリとしない。
「でも、もう星は落ちちゃった。どうしたらいいか、もう、分からないの」
散乱する家具、傷ついた壁や床。凄惨な室内が月明かりに照らされる。
必死に誰かが言葉を紡いでいる。だけど、私は、そんな言葉たちを振り払って——。
「なごり! なごりッ!」
「えっ、あっ」
私はハッとして、瞬きを繰り返す。
「大丈夫? あの、ショックだった? いや、その、これは皆のじょうだ——」
艶乃さんの語尾の引きつった言葉を遮るために、私はそっと彼女の手を握った。
ひんやりとした、震えの伝わる指先。
ダメだ。
この人たちに「さっきのは冗談よ」なんて、心にもないことを言わせちゃダメだ。
「……なごりさん」
方間さんが気づかわし気に、私を見つめる。
(それが、今の私にできる、唯一の誠実さだから)
揺れる艶乃さんの瞳を見つめ、順番にこの家に居る人たちの顔を見ていく。
「……冗談じゃないことくらいわかります。だから、嘘なんて言わなくていいです」
(嘘つきは、私一人で十分だから)
「驚きましたけど、私は、皆さんを信じたい」
(だけど、私のことは、どうか信じないで)
「私には、前世の記憶がないから、本当の意味で分かることはないかもしれないけど、ここに居る間は、皆さんの力になりたいんです」
(なんて、薄っぺらい言葉)
自嘲しそうになって、私は表情を引き締める。
いつの間にか、艶乃さんの指先が、私の手を握っていた。
「なので、冗談なんて言葉で、誤魔化さないでください」
お願いします、と頭を下げたのは贖罪の意味も含んでいた。
「なごり、いいの。全然いいの」
艶乃さんの手が、私の両肩に触れ、そっと体を起こす。
声を震わせながらも、ゆるく微笑んだ艶乃さんは、あの夜と同じ、あまりにも美しかった。
「なごりが信じてくれるだけで、嬉しいのよ。否定しないだけで、息が吸いやすくなるの。だから頭を下げたりしないで。私こそ、隠そうとしてごめんなさい」
「そうだよ! 与夜も嬉しい! だって、なごりちゃん笑わなかった」
「ええ、真剣に受け止めてくれた」
「怖がったり、気味悪がったりも」
「ええ、なごりさん。あなたは——。……いえ、前世の記憶がなくたって、もうシェアハウスのメンバーです」
「……一週間限定ですよ」
「えー、もういいじゃん! 重大な秘密を知ったんだから、ここにずっと住もうよ~」
方間さんの言葉に付け加えれば、艶乃さんがじたばたと駄々をこね始める。
「いや、ここ家賃高そうだし無理です」
「家賃はいらないからさ~。なごりならタダにするから」
「もっと嫌です!」
(家賃タダなんかにしてもらったら、今度は何を要求されるか分からん!)
その様子を見てクスクスと上品に笑った静祢さんが「ゆっくり知ってもらいましょう」と紅茶に口をつける。
「一週間、十分に時間はありますから」
静祢さんの言葉に、それぞれ頷き合う。
私は背筋を伸ばし、改めて「よろしくお願いします!」と頭を下げた。




