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この家には6人の悪女が住んでいる  作者: 梔子依織


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第三話 メゾン・ファムファタルへようこそ


 メゾン・ファムファタルはシェアハウスらしい。


(お金持ちそうなのにシェアハウス?)


と訝しんでいれば「色々あってね」と艶乃(あでの)さん——ようやく名前を教えてもらえた——は肩を竦めた。


 現在、ファムファタルには五人の女性が暮らしていて、一階が共同フロア+管理人室、二階が各個人の 部屋になっているらしい。


 正面から見たときには感じなかったが、やはり艶乃さんが住むレベルの広さと豪華さだった。

 ピカピカに磨かれた床が汚れそうで、入るのを躊躇っていれば「管理人が掃除するから気にしないで」と新品同然のスリッパを差し出される。

 艶乃さんの部屋は二階に上がって一番手前の部屋で、中にはクイーンサイズのベッドと ウォークインクローゼット、それに簡易的なシャワールームまであった。

 なんだか家の一部屋というよりは、マンションの一室のようだ。


 勧められるがまま、シャワールームへと向かえば、スーツと下着をはぎ取られ、ゆっくり十分以上浴びるまで出す気はないと、ドアを閉められた。


(嵐のような人だ……)


 きゅっとコックを捻り、包み込むような温かさを浴びながら、私は深く息を吸う。

 全身を包んでいた淀みが流れ落ち、息が吸いやすくなったような気がした。


(でも、なんであんなに親切にしてくれるんだろう)


 こんな薄汚れた女、放っておけばいいのに。

 どこかで会ったことがあるかと考えるが、あんなに鮮烈な美人、一度会ったら忘れられないだろう。ただのお金持ちの気まぐれか……。


(人の親切を邪推するだなんて、私も嫌な女だな……)


 自嘲の笑みを浮かべ、私は早々にお湯を止めた。

 兎に角、今日は早く帰って、後日またお礼をしにこよう。

 洗面台付きの脱衣所へと出れば、丁度部屋へのドアが開いた。


「へっ?」

「あっ?」


 薄いグレーと目が合う。


「き、きゃぁあああ!」


 人の家なのも忘れ、私は勢いよくシャワールームの中へと入り、扉を閉めた。


(な、なんで男性が!? というか裸みられッ——)


「なにしてるのよ」


「一応深夜二時よ」と艶乃さんの呆れ声が聞こえてくる。


「……艶乃さん、なんで人がいるって言わなかったんですか」

「あら、ごめんなさい。サプライズよ、サプライズ」


 扉の外から落ち着いた二人の声が響いてくる。


(艶乃さんの彼氏かな……? すっごい美人だったけど)


 混乱のあまり一瞬しか確認できなかったが、すらりと伸びた背に、切り揃えられた銀髪が美しい男性だった。両耳に大量のピアスが付けられているのがアンバランスで、そのアンバランスさが彼の怪しくも人を惹き付ける雰囲気を助長していた。


「……すみませんでした。まさか人が入っているとは知らず。あの、ここに着替えを置いておくので、ゆっくりしてください」


 躊躇いがちに掛けられた声に(なんか聞いたことがあるような……)と記憶の扉が開きかける。けど、先ほどの光景を思い出してしまい、私は羞恥から慌てて首を振った。

 言われるがまま、もう一度お湯を被り、用意されていた部屋着のワンピースに袖を通し、恐る恐る扉を開ける。


 ベッドに腰かける艶乃さんに覆いかぶさるように、男性が身を屈めている。


「——だから、どこで見つけ……あっ、サイズは大丈夫でしたか?」


 扉の開く音に反応し、二人の視線が、私に突き刺さる。


(あ、圧倒的美!)


「先ほどはすみませんでした」


 男性が慌てたように近づいてきて、頭に被せていたタオルへと手を伸ばす。


(あっ、刺青……)


 指先から手の甲までを覆うタトゥーに気を取られている間に、犬を拭くように、わしゃわしゃとタオル越しに触れられた。


「あ、へっ、あの!」

「ちょっと、困ってるでしょ。初対面なのに距離近すぎ」


 ぐっと私の腰が抱かれ、艶乃さんの胸へと飛び込む。


(や、やわらか……)


 シャワーを浴びている間に着替えたのか、艶乃さんは「推し×私」と書かれた謎のTシャツに、ハーフパンツとラフな格好になっていた。そんな格好でも似合ってしまうのだから不思議だ。


「あ、すみません。濡れたままだったので、つい」

「つい、じゃないわよ。あんたのその世話癖もなんとかしないと『愛しい人』に誤解されるわよ~」

「あ、あの、艶乃さんの彼氏さんですか?」

「まさか!」


 本当に心底不快だと言いたげに艶乃さんが鼻を鳴らす。


「こんな粘着ストーカー男と恋人なんて死んでも御免。なごりもこんな男に引っかかっちゃダメよ」

「……酷い言いようですね」


 男性は困ったように頬をかき「俺は、方間利人(ほうま りひと)と言います」と私に向けて手を差し出した。


「あ、聖成なごりです」

「ここの管理人をしてます。疲れたでしょう? お茶でも持ってくるので、ゆっくりしていてください」


 どうやら方間さんが、シェアハウスを管理しているらしい。

 私の髪にオイルを塗りながら、上機嫌で鼻歌を唄っていた艶乃さんが「あ、そうだ」と出て行こうとしていた方間さんの背に投げかけた。


「一室、余ってたでしょ? そこ使えるようにしておいて」

「?? ……誰か新しく入るんですか?」

「うん。なごりが」


 ぐりんっと肩を掴まれて、方間さんへと向けられる。

 ぽかんと互いに見つめ「え、私?」「聖成さん?」と揃って声を上げた。


「聖成さん、ここに住むんですか?」

「ま、待ってください! 私、住みませんよ!」


 嬉しそうに顔を綻ばせた方間さんに、私は慌てて首を振る。


(なんでそんな話に! というか、こんな高そうなところ絶対に無理!)


 ブンブンと否定し続ける私の首を、鬱陶しそうに艶乃さんがぐっと押えた。


「三万円」

「へっ」

「今、あなたの髪に塗っているオイル。一瓶五十万円だから、だいたい三万円くらいかしら」


 サァっと顔から色が抜けていく。

 五十万円のヘアオイル!? そんなの、見たことも聞いたこともないが、確かに塗られたオイルからは百貨店の匂いがした。


「あなたを助けた時に川に浸かったハイヒール」


 ひゅっと喉が鳴る。


「あれ、まだ使えそう?」

「……あそこまで汚れがしみ込んでいるなら、買い替えをおススメします」


 方間さんが爽やかな笑みで断言する。


「確か二百万だったかしら? それもお支払いしてくださる?」

「いや、その、私のせいじゃ……」

「あ、そうそう。車だけどね」

「す、すみませんでしぁああ!」


 なぜ謝っているのかは分からない。けれど染みついたブラック社員魂が、私に完璧な土下座をさせていた。


「ふふっ、冗談よ」

「助けようと思ったのは私の意志だし、これも私が好きに塗ったものだし」


 そう言ってシンプルなガラス瓶に入った五十万円を揺らす。


「でも、なごりはそれでいいの?」

「私……?」

「助けてくれた人に、やっす~い茶菓子を渡して終わりにするのかな~って。その人は親切にも家に招いて、シャワーまで貸してくれて、お気に入りのハイヒールも処分することになり——」


 こしょこしょこしょと艶乃さんが、私の耳元で囁く。


「いいのかな~? なごりは簡単なお礼だけして罪悪感湧かない?」


(そうだ。艶乃さんは、こんなにも私を助けてくれたのに、艶乃さんのお願いを聞かないなんて、失礼すぎる。そもそも私なんて、助けてもらう価値——)


「一週間」


 ピッと艶乃さんが、指を立てる。

 土下座のまま顔を上げた私の前で、整った指が左右に揺れる。


「一週間、ここ『メゾン・ファムファタル』で住み込みのお手伝いをしてくれたら、諸々のお礼ということにして貸し借りはなしにしましょう!」

「ほ、本当ですか!」


 お金を使う暇がない程働いていたから貯金はたんまりあるけど、数々の高級品を弁償できるほど給料を貰っていたわけではない。なんせ低賃金長時間労働だったから。

 渡りに船だと飛びつこうとして、私は慌てて口を閉じた。


「あら、やらないの?」

「近頃俺も忙しくて、なかなか手が回らなくて……聖成さんに手伝っていただけると、嬉しいのですが……」


 加勢し始めた方間さんの笑みから顔を逸らしつつ「でも、仕事が……」と呟いた。


「どうせ有給余ってるんでしょう。休みなさい」

「や、休めないです」


 義務感から言ってるわけじゃない。仕事の締め切りが迫っているわけでもない。

 ただ、上司が許さない。


「あなたに有給なんて必要? まともに仕事できないくせに、休みだけは取ろうとするのね~。いいのよ、制度だもの。でも休んでる間に、あなたの仕事をすることになる人はどう思うかなぁ。というか、あなた確かご両親と仲が悪かったんじゃなかった? それなのに実家に帰ろうとするなんて、やめた方がいいわよ。厚かましいというか。あなたが帰った所で誰も喜ばないでしょう? それなら大人しく、実家に帰るのは断って仕事に来なさいよ。ね、そうしましょう。あなたのためを思って言ってるのよ」


 以前告げられた言葉たちが、脳裏に木霊する。

 結局、金子さんに言われるがまま申請を取り消した。

 正直、実家の事に関しては、金子さんの言う通りだったから。一つ、違うとすれば、有給を取れず帰れなかったことを盾に両親は私を詰った。


 まるでタイミングをはかったかのように、私のスマホが着信を知らせる。

 慌てて床に置いてあった鞄に飛びつき、画面を見れば、思い浮かべていた上司の名前が表示されていた。

 非常識な時間でも、金子さんには関係ない。


「も、もしもし」

「ちょっと、出るのが遅いんじゃない?」

「すみません……」


 金子さんの中に、深夜に人は寝ているという考えはないらしい。

 へこへこと頭を下げ「それで、あの」と言葉を催促する。

 金子さんは「いや、それがね」と上機嫌に、絶望を突き付けた。


「私、明日行けそうにないから。代わりに休日出勤しておいてくれない?」

「へっ」


 電話越しに背後で微かにシャワー音がする。


「私もダメって言ったんだけど、彼、離してくれなくて。たぶん、この後も」


 甘ったるい、吐き気のするような声を出した金子さんは「田山くんってすご……あっ、誰にも言わないでね」と慌てて取り繕った。


 なるほど。部下とホテルでラブロマンスで、足腰立たないから、出勤変われと。

 なんかもう笑えてきた。

 私は浮かんできた笑顔のまま「分かりました!」と明るく了承した。


「やってほしいこととかは後でLINEするから~」

「はい! ゆっくり休んで——」

「悪いけど。この子、明日から一週間休み取るから、仕事はあんたがやってちょうだい」


 するりと掌から携帯が奪われる。

 凶悪な笑みを浮かべた艶乃さんが、ぎちぎちと携帯を握りしめていた。


(いや、私の携帯壊れる……)


 通話口から上司の甲高い怒声が響くが、艶乃さんは涼やかな表情で受け流している。

 そのままツカツカと部屋の外まで出てしまい、私は慌てて追いかけようと腰を浮かした。


「はい、すとーっぷ」


 くんっと肩を押され、私は毛足の長いカーペットへと座り込む。

 いつの間にかドライヤーを装備した方間さんが、有無を言わさず温風を当ててきた。


「えっ、ちょっ、艶乃さんを止めないと!」

「あの人、一度決めたら覆さないから、無駄だと思いますよ」


 さらりと言い切った方間さんの刺青だらけの指が、私の髪を撫でる。


「……痛んでますね」


 カァっと頬が熱を帯びる。

 女性としてダメだと言われたような気がして、私はドライヤーを奪おうと後ろを振り返った。


「……方間さん?」


 想像とは違う、後悔するような、悲しそうな、複雑な感情が入り乱れた表情で、方間さんは私の髪を見つめていた。


(なんで、そんな表情……)


 私が見つめているのに気づいたのか、パッと取り繕うように表情を変え「艶乃さんのヘアオイルは本当に効きますよ」と話題を変えた。


「いや、あの、そうじゃなくて。私、仕事は休めなくて」

「うーん、でも艶乃さんの決めたことだしなぁ」


 方間さんのとぼけた様子にイラっとして「感謝もしてますし、お礼もきちんとしたいです。けど、こんなの——」と言いつのれば「死にますよ」とさらっと告げれらた。


「しっ!?」

「艶乃さんの元旦那さん。そっちの筋の人で、取り立てとか上手いんですよ。俺も見たことあるけど、あれは凄かったな~」


 淡々と感心するように頷く方間さんに、私の顔はさっきの比じゃないほど青ざめていく。


「だから、穏便なうちに従っておくのがいいと思いますよ」


「ね?」と乾かし終えた方間さんが、確かめるように私の頭を撫でる。


「ちょっと、乾かしちゃったの? 私がやろうと思ってたのに」


 戻ってきた艶乃さんが、少し怒った様子で「はい」と私にスマホを返してきた。


「あなたの上司、話せばわかるじゃない。再来週の月曜からの出勤で良いって」


 今日が金曜日——正確には日付が変わったから土曜日——だから、本当に一週間休みを貰ったことにな る。どんな話し合いをしたのか、方間さんの言葉がちらついて聞けそうになかった。

 上司からのLINEを開けば「申請は私の方からしておきます」とだけ。

 呆気ない返事に、私はなんだか肩の力が抜けた。


「……さ、これで心配事は解決したわけだし、体で払ってもらえるわよね」


 グイっと赤いネイルの施された指が、私の顎をすくう。


 顎先をくすぐるように撫でられ、私は(手伝いってなにをさせられるんだ)とか(無理矢理すぎる)とか(なんで私なんだ)とか(ようやくの休日だから休みたかった)とか(新手の労働力確保詐欺では?)とか諸々の言葉を飲み込んで「頑張りましゅ」と震える声で告げた。


 艶乃さんと方間さんが顔を見合わせて、笑う。

 そして私の手を取った。


「ようこそ、メゾン・ファムファタルへ!」


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