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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

ひとくち百合~夜のベランダで煙草を呑みながら~

作者: 厨蓮宝燈
掲載日:2026/08/07

目を醒ますとふわりと香る、私が普段吸っているのとは違う銘柄の匂い。十中八九彼女だろう、と思ってベランダに目を向ければ、案の定人影。

まったく、来ているのなら起こしてくれればいいのに。ベランダに出る。


「来てたんなら声くらいかけても罰は当たらないんじゃない?ベランダで喫煙させるために合鍵渡したわけじゃないんだけど?」


「わざわざ起こすのも悪いじゃないか。そして君と話す以外で私の趣味と言えば、もっぱら喫煙くらいなもの。むしろ当然の帰結だと思うのだがね?」


夜風にウルフカットの艶やかな黒髪を揺らす彼女――アカリは、そんな風に憎まれ口を叩いた。彼女の詭弁に付き合っていてはキリがないので、返事代わりに肩を竦めて溜息を一つ零す。たまには隣で煙草を呑むのも悪くないだろう。


「……ん。」


「おやまあ、また随分と愛らしい。火もつけず煙草を口に咥えて、一体どうしたんだい?」


「ん!」


「……分かったよ。君の煙草、タールが重たいから厭なんだけどねぇ。」


ビルの灯りでいやに明るい夜景を背に、煙草を咥えたままの端正な顔立ちがこちらに近づく。意外と睫毛(まつげ)長いじゃん、なんて、ベタ過ぎるか。


「ほら、じっとして。こういうとき、君、妙にせっかちだから。」


ジジ、と灰が落ちて、瞬きの間に2本の煙草の先が触れ合う。慣れない苦みがふわり。キャビンレッド、8mgロングが彼女の定番だ。


夜風に揺れる火を庇うように彼女が手を添えた。橙に照らされる、細く形の佳い指、きめ細かな白皙の柔肌。見慣れたその白魚のような手はいつもながら、奇麗だなと思う。


移る火種、刹那の沈黙。一足先に身を引く彼女。


「ご要望通り、火を差し上げたよ。感想は?」


「まあまあね。及第点といったところかしら。」


「それは光栄だ、お姫様。」


そう言って何事もなかったかのように煙を吐く彼女の横顔は、紫煙に霞んで朧月みたいに美しかった。


「ねぇ、私のタバコ、アカリの匂いがするんだけど。」


「自分からシガーキスをせがんでおいて、本当に我(ワ)が儘(ママ)だねぇ。

 ……気のせいじゃない?都会の夜の匂いだよ。」


「じゃあ夜にタバコ吸うたびにアカリのことを思い出す、ってこと?迷惑な話ね。」


「心外だな。喜ばれこそすれ、迷惑がられる筋合いなんてないだろう。」


見透かされているみたいで、ちょっぴり向かっ腹が立つ。未だに私のこと、名前で呼んでくれないクセに。


「名前で呼んでほしいのかい?それならそうと、もっと早く言えばいいのに。」


「サイアク。人の心、勝手に読まないでよ。」


「口に出していたのは君じゃないか。やれやれ、しょうがないねぇ。」


煙を浮かべる彼女が、ふとこちらに向き直る。暗くて分かりづらいけれど、珍しく赤面している。赤面するアカリなんて、出逢ってから初めてかもしれない。


「……サ、サヨ。」


ここで恥ずかしがるのはズルい。いつもは憎たらしいほど澄まし顔なのに。


「……いやはや、まったく。存外、気恥ずかしいものだね、はは。」


誤魔化すように零した煙が風に浮かんでこちらにやってくる。

相手の顔に、煙草の煙を吹きかける行為。


「今の、そういう意味だと捉えていいのかしら?」


「参ったな。君の……サヨの方を向いた都合上、結果的にそうなってしまっただけなのだけど。」


「……はぁ。とんだ朴念仁ね、敢えて口にしなくていいことだってあるでしょうに。

 それで、どっちなの?」


「いいよ。……他の誰でもない、サヨなら。」


「アカリ、貴女って本当、罪な女ね。」


「よく言われるよ。」


面映ゆくていつもより深く吸い込んだピースの煙には、やっぱりアカリの匂いが混ざっていた。

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