8.兄の友人
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断罪ルートに入っても生き延びられるよう、シャルロットは対策を講じている。
炊事、洗濯、掃除をするようにしたのだが、父も兄も目を丸くして止めてきた。
これは将来のためなのである。自分のことは自分でできるようにしておかなければ。
シャルロットは父に頼み、護身術も学びはじめた。
秀才の兄には、外国語の勉強を教わっている。レオンスとは一日の大半をともに過ごしていた。
仲良くなれてシャルロットは嬉しかったが、少々困ることもあった。
レオンスが魅惑的すぎるのだ。
ゲームでは彼は儀礼的に悪役令嬢に接していたが、仲良くなった今は非常に優しく、甘々だ。
数ヵ月前、兄は飼っていた愛猫を亡くした。猫の代わりのようにシャルロットを見ているフシがある。
父や使用人は兄妹仲が良くなったと、あたたかな目で見守ってくれている。
けれどシャルロットは、うっかりするとレオンスにときめいてしまいそうになる。
魔性的な魅力のある攻略対象。その妹をするのは、かなり大変なことだった……。
しかし日々は平穏に過ぎた。
そんなある日のことだった。
屋敷に兄の友人がやってきた。
居間で彼に遭遇し、凍り付いたシャルロットに、兄が紹介してくれた。
「二人ははじめて会うね。クロヴィス、オレの妹のシャルロットだ。シャルロット、彼は友人のクロヴィス・デュティユー」
「はじめまして」
「はじめまして……クロヴィス様」
シャルロットは気が遠くなった。
クロヴィスは──赤髪の殺人鬼だった。
(そういえばゲームでも、殺人鬼とお兄様は親友だった)
攻略対象であるクロヴィス・デュティユーは、冷ややかな美貌の少年だ。兄と同じ十五歳である。
長い赤髪は後ろで一つに束ね、アクアグレイの瞳、品ある鼻梁、きつく結ばれた唇をしている。
いつも無表情で寡黙だが、怒ると最も怖いキャラだった。
ヒロインへの想いがとてつもなく深く、悪役令嬢の断罪へは積極参加し、攻略対象の中で唯一、実際に悪役令嬢を手に掛けた人物である。
殺し方がホラーだったので、彼はプレイヤーに殺人鬼と呼ばれるまでになった。
(怖……っ!)
シャルロットは震撼した。
兄同様イケメンではあるが、シャルロットはどの攻略対象よりも、クロヴィスに近づきたくはなかった。
しかしクロヴィスに悪印象を与えてはいけない。断罪されるかもしれない。
卒倒しそうな恐怖のなか、なんとか笑顔を保った。
さりげなく素早くその場から離れる。
クロヴィスは悪役令嬢に転生した自分にとって、天敵だ!
部屋に戻ったシャルロットは、ゲームについて記したノートを震える手で開いた。
クロヴィスの項目に目を通す。
やはり……彼はほとんどのルートで悪役令嬢を殺害している……。
深刻に悩んでいると、ノックの音がし、ひっ、と悲鳴が出そうになった。
「……はい……?」
「オレだよ」
兄の声だ。シャルロットはノートを引き出しにしまった。
「お兄様、どうぞ」
扉が開き、レオンスが入室する。シャルロットは椅子から立った。
兄が歩み寄ってくる。
「どうした? 震えている?」
レオンスはシャルロットの手を取り、指でシャルロットの指先を撫でた。とくんと心臓が音を立てた。
レオンスは心配そうにシャルロットに視線を走らせる。
「クロヴィスが怖かったのか?」
「いえ……そんなことありません」
クロヴィスは兄の友人だ。失礼すぎて本音を吐露できない。本当はめちゃめちゃ怖く、目が合っただけで死にそうだった。
レオンスは苦笑する。
「彼は確かに無愛想だが、悪い人間ではないよ」
そう、悪人ではない。悪逆なことを行った悪役令嬢に裁きを下しただけで、クロヴィスは基本的には善良な人間なのだ……。
悪役令嬢に転生したシャルロットにしてみれば、殺し方がむごすぎ、恐怖でしかないのだが。
青ざめているシャルロットに、兄は眉を寄せた。
「顔色が良くない。今日は、勉強はやめたほうがいいかもしれないね」
「いえ……平気ですわ」
シャルロットは週三日、夕食後に兄から勉強を教わっている。
レオンスの教え方はわかりやすい。
「あの、クロヴィス様は……?」
兄は優しく笑んだ。
「彼はもう帰ったよ」
「そうですの……」
シャルロットはほっとする。
レオンスは腕を伸ばしてシャルロットを抱き寄せた。
「冷えたのかもね」
兄のぬくもりを感じ、こわばりがすうっと解けていくのを感じる。身が溶けてしまいそうである。




