7.可愛い妹
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レオンスはシャルロットの婚約が流れて、喜んだ。
世界で一番可愛いシャルロットを、あんな男にやれるものか。
レオンスは妹のことを大切に思っている。
大貴族ラヴォワ公爵家の養子である自分は、赤子のとき、この家に引き取られた。
母は出産時亡くなり、実父は誰かわからない。
公爵夫人は、養子のレオンスをよく思わず、使用人も同然だとシャルロットに話してきかせた。
義母と義妹から、ずっと蔑みの目で見られていた。
義母は娘しかおらず、レオンスが家を乗っ取ってしまうような気がしたのだろう。
忙しい義父は、侮蔑されているレオンスに気づいていなかった。
家では感情を押し殺し、良い子を演じてきた。向こうに愛情がなかったように、自分のほうも愛情などなかった。
表向き、愛想良くしていただけ。
だが──。
あの日からすべてが変わった。
公爵家で夜会が開催された日。
レオンスは広間を覗いていた妹を目にした。
シャルロットは十三歳で、まだ夜会には出席できない。
部屋に戻るようにと声を掛けに傍へ寄れば、妹は青ざめ震えていた。
愛情も何もない妹だが、具合が悪そうなのをそのままにしておけなかった。
それで部屋まで運ぶと、シャルロットはレオンスに礼を言ってきた。しかも今までの態度を謝りもした。
青天の霹靂だった。
今までどんなに親切にしても、妹は礼どころか、それを当然のように空気のように受け取ってきた。
熱でもあるに違いない。
測ってみると、やはり発熱していた。
熱でおかしくなっているのだ。
アッシュブロンドの髪に、ラピスラズリの瞳、形の良い鼻、艶やかな唇をした美貌の妹は、幼少時からちやほやされていたが、レオンスは居丈高な妹を可愛いと思ったことは一度もなかった。
しかし熱で潤んだ瞳をし、殊勝な態度をとるシャルロットに、庇護欲を刺激された。
家族の愛情に飢えていたレオンスは、風邪を引いて気弱になっている妹の世話をすることを決めた。
自分に付かれれば嫌かもしれないと思ったが、シャルロットは発熱してつらそうなのに、レオンスを気遣いもした。
「お兄様はお兄様です。体調の悪い妹を気遣ってくれる、優しいかたです。お父様が誰であっても関係ありません。大切なお兄様ですわ」
レオンスはそれまで凍っていた心が、溶けていくのを感じた。
(なんて可愛いんだろう)
これまでのシャルロットとは別人だった。風邪によるものなら、ずっと風邪を引いていてほしい。
シャルロットはその日を境に、心優しい、素直な、努力を惜しまない人間となった。
わがままなところはなくなり、レオンスを本当の兄として慕ってくれるようになった。
人格が入れ替わったと思うくらい、以前とは違う。
恐らく高熱が出たためだろう。
今のシャルロットを自分の元に届けてくれた神に感謝した。
神は本当にいた。
けれど──妹と過ごす内、突きあげるような愛しさを抱えることになった。
妹が可愛くて仕方ない。
シャルロットが婚約者を大切にしなければ、と話したとき相手を憎んだ。
(婚約者など……邪魔だ)
妹を他の男のものにさせたくない。
隣国からやってきた婚約者を苛々と迎え、どうやって婚約を潰してやろうかと考えていれば、男は呆れることを告げた。孕ませた愛人がいると。そんな状況にあるのに、妹はけなげにもスティーヴンを許し、嫁ぐ気でいた。レオンスはすぐさまスティーヴンの息の根を止めたかった。
両家がスティーヴンの愚行を知り、破談となったものの、今後またシャルロットに結婚の話が持ち込まれれば、とレオンスは憂慮していた。
(シャルロットはオレのものだ)




