6.婚約破棄
しかし攻略対象の凄みに圧倒され、すぐに言葉が出てこない。
スティーヴンはみるみる青ざめ、眦を決した。
「なんということだ! シャルロット様、あなたは私という婚約者がありながら、兄とそういう仲になっていたんですか! なんてひとなんだ、屈辱ですよ!」
誤解である。
兄とそういう仲になどなっていない。
だがシャルロットは、スティーヴンの非難に少々引っかかりを覚える。
スティーヴンは愛する相手がいて、そのひとは妊娠しているとさっき話していたのに、どうしてシャルロットを責められるのだろう?
「婚約は破棄する……っ!」
「えっ!?」
シャルロットははっと我に返った。
「婚約破棄!?」
「そうです、不貞をはたらいたあなたと結婚などできません! 私は国に帰ります!」
スティーヴンが退室し、シャルロットは焦ってレオンスを仰いだ。
「お兄様っ」
レオンスは笑みを浮かべる。
「よかったね、シャルロット。婚約は破棄になり、あの男は消えてくれるようだよ」
「よくありません、困ります!」
レオンスの腕から逃れ、シャルロットはスティーヴンを追いかけた。
客室に戻り、荷物をまとめているスティーヴンにシャルロットは声を掛ける。
「スティーヴン様、先程のことは誤解です。わたくしと兄は何もありませんわ」
「何が誤解だっ!」
スティーヴンは怒鳴った。
「この目ではっきり見た。あなたが兄と抱き合い、熱烈にキスをしているところを! 浮気なあなたと結婚などもうできない!」
シャルロットは彼の剣幕に圧されつつ、疑問を口にする。
「スティーヴン様はお好きなかたがいらっしゃるのでしょう。どうしてわたくしばかりを責めるのです。あなたはそのかたを妊娠させ、屋敷に迎えるとまでおっしゃっていたのに」
「男と女の浮気は違う!」
するとそこに兄がやってき、吐き捨てるように言葉を放った。
「何が違う? 自分のしたことは棚にあげ、妹を責める気か? どこまで最低な男だ」
レオンスは拳でスティーヴンを殴りつけた。
「ぐあ……っ!」
スティーヴンは後方に飛ばされて、床に倒れた。
「な、何をする……っ!?」
半泣きになるスティーヴンの横に屈み、兄は彼の襟首を掴んで、冷ややかに告げた。
「破談で結構だが、責任は君にある。妹は何も悪くない。結婚前に愛人を作り、妊娠させた君のせいだ。もしそれ以外の理由を話せば、オレは生涯をかけて、君と、君の家を徹底的に潰す」
ラヴォワ公爵家の次期当主に悪魔のように脅され、スティーヴンはぶるりと身を震わせた。
「わ、わかりました……。すべて私の責任です……!」
そうして、スティーヴンは荷物をまとめ、屋敷からすたこらと去っていったのだった。
その様子をシャルロットは、ぽかんとして見送った。
レオンスは満足そうにしている。シャルロットは横に立つ兄を仰ぐ。
「お兄様、どうしてさっき、わたくしを抱きしめたり、あんなことをしたのです?」
「おまえがとても可愛いからだよ」
「彼との婚約を破棄させるためですわね?」
兄は肩をすくめる。
「あの男はシャルロットに相応しくない。なのにおまえは変に理解をみせ、不幸に飛び込んでいこうとしていたから、放っておけなかったんだ」
「お兄様……」
シャルロットは半分呆れてしまう。
「怒っている?」
「いいえ」
先程までは、スティーヴンの話を受け入れようかと考えていたけれど、スティーヴンは好きな相手がいてそれを認めさせようとするのに、シャルロットに相手がいると思えば、強く責めて怒鳴ってきた。
そのことに理不尽さを覚えたので、こうなってよかった。
乙女ゲーの不幸ルートも嫌だが、形だけでもスティーヴンの妻になるなんて御免だ。
「お兄様のお陰で目が覚めました」
道を誤るところだった。もっと良い、違う道があるはずだ。
(さっきはびっくりしたし、お兄様にどきどきしてしまったけれど……)
レオンスのお陰で道を踏み外さずに済んだ。
──その後、スティーヴンに帰責事由があるということで破談が決まったのだった。




