57.王宮の舞踏会2
彼は立ち上がって、ポケットから鍵を取り出すと壁際の黒檀のキャビネットに差し込んだ。
かちりと解錠音がし、エドゥアールはキャビネットから一冊の本を取り出した。
金の装丁が施された、重厚な本だった。
シャルロットの隣に座った彼は膝の上にその本を置き、開いた。一部分を指でなぞる。
「ここだ」
見れば確かに、王家に伝わる指輪の使用方法が記されていた。
「皆既月食が起きたとき、指輪をはめて祈れば願いが叶う。次に皆既月食が起きるのは三年後だ」
(そういえばゲームでも、その頃、皆既月食が起きていたわ──!)
最も好感度が高いキャラと、ヒロインが皆既月食を眺めるというイベントがあった。
三年後……悪役令嬢が断罪されるギリギリ前……。
ゲームはすでに始まっていて、不幸に向かってはいるのだけれど、まだ破滅はしていない時期である。
そのときに願えば、きっと恐ろしい運命を回避できる……!
もちろん指輪に頼るだけではなく、不幸にならないよう日々備えてはいるのだが、保険として使おうと思っている。
シャルロットは歓喜した。
「ありがとうございます、エドゥアール様! 指輪を使う方法を見つけてくださって!」
「三年後、願いを叶えるといい」
はしゃぐシャルロットを見、エドゥアールは眩しそうに目を細めた。
シャルロットは喜びに浸っていたが、ふと冷静になった。
本当に自分が使ってしまって良いのだろうか?
ここにきて、シャルロットはそう感じた。
指輪も、使用方法も見つかったけれども。見つかったからこそ、立ち止まって考えてしまった。
「あの、本当にわたくしが使ってしまってよろしいのでしょうか」
するとエドゥアールは苦笑した。
「今更何を言う。指輪を見つけたのは貴様なのだから使えよ」
シャルロットはこれまでのことを振り返ってみた。
「指輪を手にできたのも、エドゥアール様のお陰ですし。使用方法を見つけてくださったのもエドゥアール様ですわ。なにより指輪は王家のものです」
エドゥアールは片眉を上げる。
「本には使いかたは記されていたが、見つける手段は書かれていなかった。シャルロットがいなければ指輪は手に入らなかった。それに貴様は俺と結婚するのだ。正式に婚約もすませたし、王室の一員も同然だ」
ゲームがはじまれば、婚約は破棄になるだろうけども……。惨劇回避を指輪に願いたかったシャルロットは再度訊く。
「本当にわたくしが願って、よろしいんですの?」
「ああ」
「ありがとうございます」
シャルロットが安堵して微笑むと、エドゥアールは双眸に甘やかな光を瞬かせ、シャルロットの顎に指を絡め、頬を傾けて唇に唇を寄せた。
あまりに突然で、シャルロットはぽかんとした。
(……え?)
キ、キスされている──!?
王宮で暮らし、エドゥアールと長く過ごしていたが、こんなことをされたのははじめてである。
エドゥアールは口づけを解き、艶やかな眼差しで囁いた。
「協力した礼として唇をもらった。だから貴様はもう何も気にすることなく指輪を使え」
シャルロットはパニック状態で唇を押さえた。いきなり、何をするのか。
エドゥアールを睨む。
「もっと礼をよこせって言いませんわよね……!?」
「そのあとの礼は、結婚後にもらう」
彼は呟いて笑んだ。
今後ヒロインが登場し、エドゥアールも彼女に惹かれ、彼はシャルロットとの婚約を破棄するはずだ。
そう思えば、胸の奥にちくっと棘が刺さったような感覚がした。
(……?)
「そういえば」
彼は足を組む。
「貴様は前、酔ったとき話していたな。俺が男爵令嬢オティリー・ティロルに惹かれると」
シャルロットは表情がこわばった。
「え……っ、まさか覚えていらっしゃいましたの……?」
彼はああ、と首肯する。
「貴様ははっきりと口にしていたからな。気になって覚えていた」
シャルロットは蒼白になる。
(忘れていてほしかった……!)
エドゥアールは淡々と言葉にした。
「その令嬢は、先月隣国に行ったぞ」
「えっ!?」
(──隣国に!?)




