55.魔法学院に入学
クロヴィスの双眸が苦しげに翳った。
「すまない、シャルロット……」
「いえ……」
シャルロットは驚きで胸が大きく音を立てていた。
王宮に帰ってからも、シャルロットはぼんやりとしていた。
夕食中、エドゥアールが怪訝そうにした。
「どうした?」
「いえ。なんでもありません」
クロヴィスはシャルロットのことを好きと言っていたが、どういう意味なのか。
ゲームではクロヴィスに忌まれ殺された。恋されるなんてありえない。それを思えば、人として好きになってもらえているというのも、考えにくい。
親友の妹として、婚約していた相手として、社交辞令みたいな言葉なのか。
惨殺されたことを思えば信じられないほどの大きな進歩だった。
◇◇◇◇◇
春になり、エドゥアール、レオンス、クロヴィスの三人の攻略対象は魔法学院に入学した。
シャルロットと同い年のユーグは、王宮で指輪の使用方法を調べたり、勉強をしたり、家に帰ったとき食事をしたりして、一緒に過ごしている。
「シャルロット様、いよいよ殿下と正式に婚約となりますね……。おめでとうございます」
「はい……」
おめでたいことだとはシャルロットは思えない。期せずしてゲームの状況と同じとなってしまった。
今度王宮で開催される舞踏会にて、婚約発表される予定だ。
夜の催しに出席するのははじめてで、どきどきしていた。二年前、夜会をのぞき見していたのがまるで遠い昔のことのようである。
溜息をつくシャルロットに、ユーグは首を傾げた。
「ひょっとして……クロヴィス様との婚約続行を望んでいらっしゃったのですか」
シャルロットはかぶりを振る。
「いえ。あのままでは結婚がかなり早くなってしまいましたから」
「殿下とは、魔法学院卒業後、シャルロット様が二十一歳のとき結婚されるのですね?」
「はい」
それまでにきっとエドゥアールとも婚約解消となるだろう。
ユーグは目を伏せる。
「クロヴィス様はひどく落ち込んでいらっしゃいました。殿下との婚約が内々に決まり、レオンス様も沈んでいましたし。シャルロット様が幸せなら、それでよいのですが。正直ぼくもショックを受けました……」
ユーグは目元を押さえて俯く。
「婚約しても、わたくしは何も変わりませんわ。これからもどうぞよろしくお願いします、ユーグ様」
「こちらこそ」
ユーグは良い話し相手になってくれていて、大切な友人だった。
指輪のことをエドゥアール以外ではユーグにしか話しておらず、秘密の共有者であり、指輪の話ができる貴重な相手だった。
シャルロットは彼といると、他の攻略対象のように胸がざわめくことなく、とても穏やかな時間を過せる。さすがゲームで癒し系キャラだったユーグである。
断罪イベントに参加していなかった点も安心感がある。
以前彼からクロヴィスとの婚約を解消したら結婚してほしい、と求婚されたが、それは忘れて友人として仲良くしてほしいと先日言われた。
魔法学院入学後も、ユーグとの友人関係をぜひ続けていきたい、とシャルロットは強く思っている。
エドゥアールは毎日王宮に戻ってきて、朝食と夕食をシャルロットと一緒にとっていた。
シャルロットは呆れのようなものを少々感じていた。
「エドゥアール様。いくら魔法学院が近いといっても、毎日王宮に戻られるのは、手間では? せっかく寮がありますのに」
彼はゲームでは寮生活をしていて豪華な部屋を使っていた。わざわざ王宮に戻るのは面倒だろう。
「シャルロットに会いたいのだ」
「わたくしと会っても何にもなりませんわ?」
「貴様と会うと、俺は和み、幸せな気持ちになれる」
さらりとエドゥアールはそう口にする。
嬉しいけれど、自分は悪役令嬢だ。
いずれ真逆の言葉を投げつけられるかもしれなかった。
表情を曇らせると、彼はどうしたのかと首を捻った。
「? シャルロット、何か心配なことでもあるのか?」
エドゥアールは尊大なところもあるが、結構人の心の機微に敏感である。
「俺に話せ。解決してやるぞ」
酔ったとき、彼に乙女ゲーについて話してしまったが、呆れられてしまったし信じてもらえる内容ではないし、二度と誰にも話す気はない。
「……婚約発表がありますから、緊張しているのですわ」
実際、舞踏会で婚約が発表されることも気がかりだった。
「そうか。挨拶など疲れるだろうが大丈夫だ、俺が対処する。心配ない。それよりダンスは踊れるか?」
「少しだけでしたら」
舞踏は家で習わされていた。足を踏まない程度には踊れる。
「なら舞踏会の日、俺とダンスをしよう」




