54.僕は君が
結婚することにはならない。
「そんなに長く厄介になるわけにはまいりません。エドゥアール様は毎日こちらに帰られるおつもりですの?」
「そうだ。俺はシャルロットに会いたいし、毎日帰る。だからあと一年ここにいろ。指輪を持つ貴様が、警備の行き届いた王宮にいてくれたほうが俺も安心だ」
彼は指輪のこともあって、シャルロットに王宮にいてもらいたいと思っているようである。
シャルロットは三ヵ月後に帰ろうと思っていたけれど、迷いはじめた。
指輪が紛失したり、何かあれば確かに大変だ。
家族に迷惑はかけられないし、ここのほうが安全ではある。
「春に戻る予定でしたが、ではもう少しいます」
すると彼は喜色満面の笑みとなった。
「入学すれば会う時間は減るが、まだしばらくは一緒に食事がとれるな」
なぜそれほど嬉しそうにするのかシャルロットは不思議だった。
王宮での生活は快適だ。学びたいことを学べ、調べたいことを調べられて。
ゲームで悪役令嬢は、エドゥアールの婚約者で彼にまとわりついていたけれど、王宮で暮らしたことはなかった。
それにやたらと近い距離にエドゥアールはいなかった。
エドゥアールとこれだけ関わってしまって良かったのかとシャルロットは焦りを覚えたが、もう今更悩んでも仕方なかった。
時折、王宮から屋敷に行くのだが、兄は体重が元に戻ったようで、シャルロットはほっとしていた。
その日はちょうどクロヴィスが家に来ていた。
「クロヴィス様」
「シャルロット」
玄関ホールで、帰るところだった彼と鉢合わせた。
婚約を解消したあと、クロヴィスと顔を合わせたのは初めてだ。
クロヴィスは兄に視線を配る。
「少しシャルロットと二人で話をしてもいいか」
レオンスはふうと息をつく。
「構わないけど、オレも妹と一緒に過ごしたいからね。手短に話をしてくれ」
「わかった」
それでシャルロットは自室で、クロヴィスと二人だけで向き合うことになった。
(気まずい……)
シャルロットは気持ちが張り詰める。
「僕たちの婚約は解消となったな」
破談後、すぐにエドゥアールとの婚約が内々で決まった。クロヴィスもそのことは知っているだろう。
彼は赤い髪をかきあげた。
「君自身、殿下との婚約を決意したようだから、僕は諦めるより仕方ないが。正直、残念に思っている。殿下が君を王宮に置いたときから、こうなるような予感はしていた。婚約が解消となって、両親も気落ちしている」
侯爵夫妻は急ぎすぎなほど急いだ。
それもあってシャルロットはエドゥアールと婚約することを決めたのだった。
しかしいろいろと世話になったので、侯爵夫妻に申し訳なく思った。
「ご両親にはよくしていただき、わたくしとても感謝しております。どうぞよろしくお伝えください」
「ああ」
クロヴィスは自嘲的に笑む。
「孫を見るチャンスがなくなったと両親は言っている。僕は君以外とは結婚する気はないから」
「クロヴィス様なら、わたくしなどより良いかたがいらっしゃいますわ」
クロヴィスのルートに入れば、ヒロインと幸せになる。
もしヒロインがクロヴィスを選ばなかったとしても、彼はイケメンで性格も良いから魅力的な女性と結ばれるだろう。
「クロヴィス様は、ご自身の血を残したくないとおっしゃっていましたが、もったいないですわ。クロヴィス様は素敵なひとです。どうかご自身を信じて、周りに心を開いてくださいませ。クロヴィス様がそうされれば、きっと──」
するとクロヴィスは腕を伸ばしてシャルロットを抱き寄せた。シャルロットは身を固まらせた。
「クロヴィス様……?」
「僕は君がいい」
彼は掠れた声を発す。
「君が好きだ」
突然、耳に忍び込んできた言葉に、シャルロットは虚を衝かれる。
(……!?)
クロヴィスに今、告白されたような……?
そのとき、後ろで低い声が響いた。
「何をしてる?」
はっとしたように、クロヴィスがシャルロットから腕を解いた。
レオンスが部屋に入ってき、兄は苛立たしげにこちらまで歩み寄ってきた。
「クロヴィス、君と妹の婚約は解消となった。妹は殿下と春に正式に婚約する。そんなことをしてもらっては困るよ」




