53.焦燥感
「父上……どういうことですか?」
「デュティユー侯爵夫妻から請われていてな。息子が大層シャルロットのことを気に入っている、やはりできるだけ早く結婚させたいと。クロヴィス君は学生結婚も視野に入れているようだし、来年シャルロットが十六歳になれば、挙式させようかと」
レオンスは色を失った。遂に父は、デュティユー侯爵夫妻の説得に折れてしまったのか。
レオンスは冷たい汗が滲んだ。
「それは早すぎます。シャルロットは魔法学院卒業後、結婚する心づもりでいますし、戸惑います」
「クロヴィス君は良い人物だ。魔法学院に行くより結婚したほうがシャルロットも幸せではないか」
このままでは、妹は来年結婚することになる。
レオンスは胸を炙られるような焦燥感に、立ちすくむ。
※※※※※
シャルロットはエドゥアールに承諾を得、王家の馬車で家に戻った。
月に二、三度は帰ろうと思っている。
すると青ざめ、真剣な表情をしたレオンスに話があると言われ、部屋に呼ばれた。
「どうしたのですか、お兄様」
「シャルロット……クロヴィスではなく、殿下との結婚を考えてみてはどうだろう」
「え?」
シャルロットは虚を衝かれた。
「また冗談をおっしゃっているの?」
レオンスは奥歯を噛む。
「違うよ。殿下がシャルロットとの結婚を望んでいることを、おまえも知っているだろう?」
エドゥアールからそう言われてはいるが。
「わたくしはクロヴィス様と婚約していますわ」
「彼の両親はおまえを気に入り過ぎていてね。魔法学院入学前にクロヴィスと結婚させる気でいる。父上も折れ、時期を早めて、おまえが十六になれば挙式させようと話が進んでいるんだよ」
(十六……!?)
シャルロットは瞠目した。
「そんな……一年余りしかありませんわ。まだクロヴィス様も学生ですわ」
「ああ。早すぎるんだ。クロヴィスがどうこうではなく、婚約は解消したほうがいい。殿下から話があるとなればデュティユー侯爵家も退かざるを得ないし、父上もクロヴィスとの縁談を考え直すだろう」
(まさか魔法学院入学前に結婚になるなんて……)
クロヴィスは良いひとだが、ゲームのことを考えれば結婚するのは怖い。
レオンスは複雑そうな顔で続ける。
「殿下は、おまえが魔法学院を卒業したあとに結婚をとおっしゃっている。殿下との場合は、まだ猶予がある。だからクロヴィスとの婚約を解消し、殿下と婚約するんだ」
王太子と婚約となれば、ゲームと同じになってしまうが……。
(このままクロヴィス様と結婚するのは、無理だわ)
一年経っても、心の整理はつかないだろう。
シャルロットは兄の話を受け入れることにした。
「わかりました。エドゥアール様と婚約します」
レオンスは硬い表情でシャルロットを見つめた。
「シャルロット、殿下と結婚する六年後までに、必ずオレが破談にしてやる」
ヒロインが登場すれば婚約解消となるはずだ。
シャルロットが十五歳の誕生日を迎えた数ヵ月後に、クロヴィスとの婚約は解消された。
その後、エドゥアールとの婚約が内々で決まり、発表時期はエドゥアールが魔法学院に入学する春ということになった。
シャルロットは慄いた。正式な婚約時期が、ゲームと同じだったからだ。
「婚約することになったな」
夕食を一緒にとっていると、エドゥアールが上機嫌にそう切り出した。シャルロットは溜息をつく。
「公表はまだですわ。三ヵ月後、エドゥアール様が魔法学院に入学されたときです」
「内々にもう決定したではないか」
彼はにやりと笑う。
ゲームと同時期に婚約となるなら、きっと婚約破棄も同じで、シャルロットが魔法学院に入学した翌年になる。
「どうした?」
「……いえ、何も」
シャルロットは料理を口にする。ここでとる食事はすべて美味しいのだが、将来のことが不安過ぎて今は楽しめない。
「俺が入学すれば、シャルロットは王宮を出ると言っていたが」
「はい」
「あと三ヵ月で、ともに食事をとれなくなってしまうではないか」
「そうですわね」
「せめて、俺が二年生になるまで、あと一年間ここで暮らせばどうだ? どうせ将来俺と結婚して王宮で暮らすことになるのだから」




