5.魔性の魅力
「お兄様、こちらにいらして。スティーヴン様、お話はまたのちほど」
シャルロットはレオンスを連れて、その場から離れた。
スティーヴンの話は唖然としたが、ゲームで悪役令嬢が辿る悲惨な運命に比べれば、まだマシだ。死なないし、投獄もされない。
せっかくゲームに登場していなかった相手と婚約している。大事にしたかった。
シャルロットはレオンスと自室まで行った。
「なぜあの男をさっさと追い出さなかったんだ? 父上もあんな話を知れば破談を即決める」
ここで逃げ道を消されてしまえば困るのである。
「お兄様、落ち着いてくださいませ。わたくしも驚きましたが、考えようによれば結婚前にああして事実を明らかにしてくれるだけ、誠実ではありませんか?」
レオンスはあり得ないとばかりに首を横に振った。
「誠実? あれは不品行な最低な男だよ」
「ですが、王侯貴族は愛人をもつのが当たり前とされているでしょう」
結婚は貴族が血を残すための家にとって益のある相手で、恋愛相手は別にいるという王侯貴族は男女ともに多い。
「結婚前からあの調子なんだ。今後何人愛人をもつかわかったものじゃない。父上がいない隙に、あんな図々しい頼みを幼いおまえにした、姑息で卑劣で、恥じ知らずな奴だ。ヘストン家は奴の代で没落するだろう。考えるまでもない。あの男と結婚なんてやめるんだ」
荒ぶる兄に、シャルロットは言葉を重ねる。
「わたくし、ここで婚約破棄してしまえばそれこそ不幸になります」
兄は眉をひそめる。
「おまえにとっては痛くも痒くもない。シャルロットならどんな相手だって選り取り見取りだよ。王族との結婚も望める身分だし、美貌も併せもつ。少し前まではおまえもスティーヴンとの婚約を嫌がっていたじゃないか」
今にも父が、嫌なら破談にしようと言いそうなところまできていた。
が、記憶を得る前とは、事情が大きく異なるのである。
「夜会の日からおかしい。一体どうしたんだ?」
レオンスの美しい瞳に心配げに見つめられ、シャルロットはどきりとする。その日記憶を思い出したのだった。
「おかしくありませんわ。わたくしの縁談なのですもの。どうするかは、わたくしが自分で決めます」
「婚約を続行する気か?」
「よくよく考えて判断しますわ」
スティーヴンに惹かれることはないから、ある意味冷静に判断できる。結婚して別居すればいい。
レオンスは奥歯を噛みしめる。
「あの男をこの屋敷から叩き出す!」
「お兄様、お待ちになってくださいませ!」
シャルロットはレオンスを止めた。
「あのかたは隣国から、はるばるやってきたばかりなのですわ」
婚約が流れると困る。
するとそのとき、扉を叩く音がした。
「シャルロット様、私です。先程のお話の続きを」
「あ、はい」
兄とスティーヴンを同席させるのは危険だ。
もう少し待ってほしいと返事しようとすると、スティーヴンはその前に扉を開けた。瞬間、兄がシャルロットを抱き寄せた。
(え……お兄様?)
シャルロットは目を瞬く。兄の逞しい身体を傍に感じ、肌が紅潮した。
レオンスのヒヤシンス色の双眸が甘く光る。
「可愛いね、シャルロット」
兄はシャルロットを抱きながら、シャルロットの唇を優しく指でなぞる。
心臓が跳ね上がる。
レオンスは頬を傾け、キスをする距離まで顔を近づけた。
向こうからは、唇が重なっているようにみえるだろう。
兄の甘い吐息が唇にかかり、鍛えられた身体に抱きしめられシャルロットは腰が砕けそうになった。
唇は合わさっていないのに、まるで深く口づけられているかのように酩酊してしまう。
スティーヴンや、他の男性とは全然違う。桁外れの、抗い難い魔性の魅力だった。
(すごすぎる……さすが乙女ゲーの攻略対象ね……!)
一瞬我を忘れていたら、スティーヴンが唖然と声を詰まらせた。
「シャルロット様……これは一体……」
兄がちらりとスティーヴンに視線を流す。
「見てのとおり、オレと妹は異性として愛し合っている」
(へ?)
今、兄は何と言ったのだろう?




