4.婚約者の要求
翌月、シャルロットの婚約者スティーヴン・ヘストンが隣国からやってきた。
これといって特徴がない、十六歳の少年だ。
なぜ婚約することになったかといえば、先代の悲恋に端を発する。
祖父と、スティーヴンの祖母は愛し合っていたが、互いに親の決めた相手がいて結ばれなかった。それで子が生まれれば、結婚させる約束を交わしたらしい。
しかし父は母と結ばれ、約束を履行できなかった。
そのためシャルロットの代で、婚約が決まったのだ。
記憶が戻る前は、父に破談にしてほしいとずっと言い募ってきた。
ラヴォワ家のほうが家柄が大分上で、外見も性格もスティーヴンに魅力を感じなかったからだ。
父は恋愛結婚したのに、どうして自分には無理強いさせるのかと。
今もスティーヴンに特別興味はないが、破談にしたいとは思わない。むしろこの縁談は大歓迎だ。
父、兄、シャルロット、スティーヴンは応接間でテーブルを囲んでいた。
「シャルロット様、美しいあなたと婚約できて、私は幸せです」
互いの国の言語が同じで、意思疎通に問題がないのも良い。
「わたくしもスティーヴン様と婚約できて幸せですわ。遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」
スティーヴンは、このラヴォワ家に数日滞在する予定である。
皆で和やかに過ごしていたが、領地で問題が起きたと知らせが入り、父が急遽家を離れることになった。
「スティーヴン君。せっかく来てくれたのに、すまないね」
「いえ。私のことはお気になさらないでください、公爵」
「父上の分もオレがおもてなしします」
「お父様、お気をつけて」
父は領地に向けて出発した。
兄はシャルロットとスティーヴンを振り返る。
「婚約者同士、二人きりにしてあげたいところだけれど……。まだ結婚前だし、オレも一緒に過ごさせてもらうけど、いいかな」
「はい」
シャルロットとスティーヴンは兄をまじえ、三人で庭園を歩きながら会話をすることになった。
スティーヴンに心惹かれるようなところはなかった。自己中心的で、話は一方的である。
彼に恋をすることはないとシャルロットは確信した。
しかし真面目そうだし、結婚すればきっと平穏に過ごせる。
するとスティーヴンが突如切り出した。
「シャルロット様。実はあなたに折り入って頼み事があり、今回訪問させていただいたのです」
「頼み事ですか?」
「はい」
「わたくしにできることならなんでもおっしゃってくださいませ」
大事な婚約者だ。力になれることならなろう。
「私は、他に愛するひとがいます」
スティーヴンの言葉にシャルロットは呆然とした。
(え?)
「愛するひと……?」
スティーヴンは首肯した。
「そうです。とても愛している女性がいて」
「……ということは、わたくしとの婚約を解消なさりたいのですね」
残念だが、人の恋路の邪魔をする気はない。
(仕方ない)
この縁談は諦めよう。シャルロットが嘆息すると、スティーヴンは続けた。
「いえ。婚約はこのまま続行しましょう」
訳がわからずシャルロットは首を捻った。
「どういうことですの?」
「私の家は、名門ラヴォワ公爵家と縁を結ぶことを望んでいます。ですので、婚約はこのまま続けましょう。けれど私の愛するひとを屋敷に置くことを許してもらいたいのです。平民である彼女を正妻にすることはできませんが、私はそのひと以上に誰も愛することができないのです。彼女のお腹にはすでに私の子がいます。その子供を、シャルロット様と結婚後、私とあなたの子として育てたいと思っています」
「……」
彼の要求に言葉を失っていると、隣でレオンスが低い声を発した。
「スティーヴン。結婚前に愛人を孕ませたのか? 更に愛人を家に置き、庶子を受け入れろと? ふざけるのも大概にしろよ」
拳を握り締める兄に、シャルロットは慌てた。
「お兄様」
シャルロットはスティーヴンに向き直る。
「……今のお話ですが、少し考えさせてくださいませ」
「シャルロット、何を考えることがある? 考えるまでもない、この婚約は──」
シャルロットはレオンスの声にかぶせるようにして、声を出した。
「今のお話を伺って、わたくし、スティーヴン様の子を生む気にはなれませんし、夫婦生活を送ることもいたしかねます。どうぞ愛するかたの子を跡継ぎになさってください。結婚後、名ばかりの妻として別居し、持参金もわたくしが管理させていただきます」
「はい。子供をあなたの子として、跡継ぎと認めていただけるのでしたら、夫婦生活はなしで、あなたの家をご用意します。結婚後、不自由はさせません。持参金もあなたが管理なさってください」
ならアリかもしれない、とシャルロットが思っていると、レオンスは語気を荒げた。
「妹を一体なんだと? 愛人の子を妹の子として跡継ぎにだと?」




