34.兄の部屋2
部屋を移りたいとちゃんと話せば、きっとわかってもらえる。
不安に思いつつ長椅子に座り、外国語の復習をしていれば少し眠ってしまったようだ。
目が覚めたのは、ドンドンと扉を叩く音でだった。
兄が帰ってきたのだろうか。
「シャルロット、いるのか!? どこにいる!?」
この声は……。
シャルロットは身を起こした。
「クロヴィス様ですの?」
「! シャルロット、この部屋にいるんだな!?」
「はい」
「扉を開けてくれ」
開けたいのは山々ではある。
「中からは開けられないのですわ」
「なんだって?」
すると廊下で屋敷の従僕の声がした。
「クロヴィス様、困ります。お引き取りくださいませ!」
「うるさい! さっさとこの部屋の鍵を持ってくるんだ!」
クロヴィスが従僕に命じ、従僕は弱り切った声で返答する。
「鍵をお持ちなのは、レオンス様だけです」
クロヴィスは舌打ちした。こちらに向かって訊く。
「シャルロット、君はレオンスに閉じ込められているんだな!?」
シャルロットは戸惑った。閉じ込められているに近かった。
「兄にここから出してもらえなくて、困っています」
「わかった、出してやる。シャルロット、扉から少し離れろ」
シャルロットが言葉どおりにすると、扉が激しく音を立てた。どうやらクロヴィスが扉に体当たりしているようである。
「クロヴィス様、おやめください!」
従僕が慌てている。なんとか止めようとしているようだが、クロヴィスは体当たりを繰り返し、ついに蝶番が外れ、扉が開いた。
クロヴィスは扉を蹴り、中に入ってきた。シャルロットの前に立ち、視線を上から下まで走らせる。
「大丈夫か、シャルロット!? 連絡がまったくつかず、心配していた!」
「わたくしは大丈夫ですが……」
兄の部屋の扉が壊れてしまったことに、シャルロットはあたふたしてしまう。
「よかった、無事で……」
クロヴィスはほっと息をついた。
「シャルロット、僕の家に来るといい」
「え? クロヴィス様の家?」
「ああ。今のレオンスは少しおかしい。君を閉じ込めて外部からの接触を遮断するなど。しばらくレオンスから離れたほうがいい」
確かに今、兄の様子はおかしかった。
父が戻るまで家を出たほうがいいかもしれないと思っていたところだった。
「本当に伺ってもよろしいんですの?」
「ああ」
兄に見張りを命じられていたらしい従僕が、シャルロットを連れて行こうとするクロヴィスを制止した。
「お待ちください、クロヴィス様。レオンス様はシャルロット様を心配されて、部屋に置かれているのです。勝手に連れ出されるような真似は……」
クロヴィスは従僕をひと睨みする。
「僕が、婚約者を自分の家に連れていくのに何の問題がある?」
「まだご結婚をされているわけではございませんし……」
「レオンスに伝えておけ。しばらく妹を預かるから、頭を冷やすようにと」
「わたくし、お父様が領地から戻る頃には帰りますから、お兄様には心配しないでほしいと話して」
「シャルロット様……」
うろたえる従僕を置き、シャルロットは必要なものをまとめると、クロヴィスの馬車で彼の家に向かった。
デュティユー侯爵家でシャルロットは歓迎された。
「シャルロットさん、よく来てくれた!」
「自分の家だと思って、どうぞゆっくりしてちょうだいね!」
「お世話になります」
侯爵夫妻に挨拶をし、シャルロットは客室の一室を借りることになった。
夫人が、着替えなど用意してくれた。
「実は、シャルロットさんが嫁いでくる日が楽しみすぎて、あなたに贈るドレスなんかも用意していたの。気が早いのだけれど」
「ありがとうございます。何から何まで、申し訳ありません」
夫人は笑顔である。
「いいのよ。生涯独身でいると言っていた息子の気を変えてくれたのですもの! いくらお礼をしても足りないくらいだわ!」
侯爵家の人は皆、親切で優しかった。
以前の媚薬の件では驚いたけれども……。
夫人が去ると、今度はクロヴィスがやってきた。
「何か困っていることはないか? 僕の両親の浮かれ具合に疲れたとか」
シャルロットはくすっと笑みを零す。
「いいえ。温かく迎え入れてくださって、とてもありがたく思っています」




