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悪役令嬢は攻略対象の愛から逃れられない  作者: 葵川 真衣


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3/15

3.この世界は


(さて)

 

 心身ともに落ち着き、付きっきりだった兄も部屋に戻ったので、シャルロットはゲーム内容をまとめる作業を再開した。

 

 ここは、乙女ゲー『聖なる乙女のラビリンス』の世界である。

 魔法が存在していて、五歳になると教会で魔力保持者か確認される。

 魔力を持つ者は、ライレーン魔法学院に十七歳から四年間通うことになる。


 ゲームはそこからはじまる。

 攻略対象は四人で、皆イケメンだ。

 

 そのうちの一人は、シャルロットの義兄レオンス・ラヴォワ。

 四年前にあたる今は十五歳だが、ゲーム時同様、魔性の魅力がある。

 今自分は妹であるのに、くらくらしてしまうほど魅惑的だ。


(美少年で、しかも優しい!)

 

 兄はゲームでも親切だったが、内心シャルロットに辟易している。跡を継ぐ家の娘であるから気を遣っていただけに過ぎず、愛情はない。

 ヒロインに悪逆なことを行ったシャルロットの断罪に、兄は参加していた。

 

 今自分に優しいのも、配慮からかもしれない。

 けれどその思いやりは弱っている心をあたためてくれる。

 

 前世、どのキャラのルートも、バッド、ノーマル、グッドなどはクリアしたが、トゥルーエンドはまだだった。

 なので、すべてを把握しているわけではないけども、クリアしていないルートでも自分は不幸になるのだろう。


 他ルートで死亡したり、島に収監されていたから。

 これまでの人生を振り返っても、ゲームでの行いをみても、報いを受けて当然だ。

 

 ゲームまであと四年。

 それまでの間に、なんとかしよう……!

 ゲームキャラとは関わらないようにし、関わらなければならない場合、良好な関係を築くのだ。

 断罪された場合に備え、護身術を身につけ、自分のことは自分でできるようにする。

 

 一つ、良い情報がある。

 ゲームでは攻略対象の王太子と婚約していたが、今自分は違う相手と婚約をしている。

 相手は隣国貴族。この婚約を死守しよう。

 あと、全クリアする前に亡くなったので幾つか謎だったことを知りたい。


(よし!)


 今後の計画を立てたシャルロットは、拳を握り締め、天に突きあげた。


「不幸にならないように頑張る! 謎だったことも知る!」

「どうしたの、シャルロット」


 突如後ろで声がして、びくっと肩が揺れた。


 背後に兄が立っていた。


「お兄様、驚かさないでください……!」


 心臓が止まるかと思った。


「ノックはしたよ? 返事がなかったから、風邪がぶり返して部屋で倒れているのかと思って」


 今後のことについて真剣に考えていたので、ノックの音が聞こえなかったようだ。


「申し訳ありません、気づきませんでした」


 兄はくすっと笑う。


「何にそんなに集中していたの?」

「これからのことについて真剣に考えていて」

「これからのこと?」

「はい」


 ゲームノートの上に、さりげなく本を置いて隠した。


「わたくし、婚約者を大切にしなければいけませんわ」


 強くそう思い、シャルロットが言葉にすると、レオンスはヒヤシンス色の瞳をちかっと光らせた。


「婚約者を嫌っていなかった? 自分にはふさわしくない相手だって」


 以前のシャルロットは、名家の令嬢である自分が、なぜ他国の一介の貴族に嫁がねばならないのかと憤っていた。

 しかし今の婚約者は、攻略対象ではないという一点において最高だ。


「それは昔のわたくしですわ……。婚約者を大事にしたいですわ」


 レオンスは静かに頷いた。


「では来月、この屋敷に婚約者が来る際は、歓待しないといけないね」

「はい」

 

 きちんともてなそう。

 兄は鏡台の前まで行き、櫛をとる。


「髪をといてあげるよ。毛先が少しもつれている」

 

 レオンスはシャルロットの髪にそっと櫛を入れた。


「いつもは身だしなみにとても気を配っているのに。それだけ婚約者について考えていたの?」


 着飾っている場合ではなかった。これからのことについて対策を練っていた。

 兄は器用に髪を梳いてくれる。


「オレはおまえが他国の貴族に嫁ぐと思えば、寂しいよ」


 鏡を見れば、兄がシャルロットをじっと射貫くように見ていて、シャルロットは心臓が跳ねた。


「寂しいだなんて、どうしてですの」


 レオンスとシャルロットの兄妹関係は、ゲームでは冷え切っていたけれど。


 兄は目を伏せた。


「たった一人の妹が遠くに行くんだ、寂しく思うのは当然だよ」


 攻略対象ではあるもののレオンスは一緒に暮らす兄だ。距離をとることは難しいし、仲良くなりたい。


「お兄様、結婚するまで時間はありますし、それまで兄妹仲良く過ごしましょう?」


 前世を思い出せば、なぜシャルロットは今まで兄を邪険にしていたのかと感じる。


(お母様の影響が大きいのよね)


 母は養子のレオンスをよく思っておらず、シャルロットに、レオンスに近づかないよう、使用人みたいなものだからと幼い頃から言い聞かせていたのだ。

 シャルロットが物心つく頃、すでにレオンスは家にいたが母は兄を虐げていた。

 

 二年前に母は亡くなったが、そのあともシャルロットはレオンスを軽視していた。

 前世の記憶を得た今は、この家で兄が孤独を抱えていたことがわかり、気の毒だ。

 兄妹仲良くなりたかった。

 

 レオンスは微笑んだ。


「ああ、オレもおまえと仲良くなりたいと思う」


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