3.この世界は
(さて)
心身ともに落ち着き、付きっきりだった兄も部屋に戻ったので、シャルロットはゲーム内容をまとめる作業を再開した。
ここは、乙女ゲー『聖なる乙女のラビリンス』の世界である。
魔法が存在していて、五歳になると教会で魔力保持者か確認される。
魔力を持つ者は、ライレーン魔法学院に十七歳から四年間通うことになる。
ゲームはそこからはじまる。
攻略対象は四人で、皆イケメンだ。
そのうちの一人は、シャルロットの義兄レオンス・ラヴォワ。
四年前にあたる今は十五歳だが、ゲーム時同様、魔性の魅力がある。
今自分は妹であるのに、くらくらしてしまうほど魅惑的だ。
(美少年で、しかも優しい!)
兄はゲームでも親切だったが、内心シャルロットに辟易している。跡を継ぐ家の娘であるから気を遣っていただけに過ぎず、愛情はない。
ヒロインに悪逆なことを行ったシャルロットの断罪に、兄は参加していた。
今自分に優しいのも、配慮からかもしれない。
けれどその思いやりは弱っている心をあたためてくれる。
前世、どのキャラのルートも、バッド、ノーマル、グッドなどはクリアしたが、トゥルーエンドはまだだった。
なので、すべてを把握しているわけではないけども、クリアしていないルートでも自分は不幸になるのだろう。
他ルートで死亡したり、島に収監されていたから。
これまでの人生を振り返っても、ゲームでの行いをみても、報いを受けて当然だ。
ゲームまであと四年。
それまでの間に、なんとかしよう……!
ゲームキャラとは関わらないようにし、関わらなければならない場合、良好な関係を築くのだ。
断罪された場合に備え、護身術を身につけ、自分のことは自分でできるようにする。
一つ、良い情報がある。
ゲームでは攻略対象の王太子と婚約していたが、今自分は違う相手と婚約をしている。
相手は隣国貴族。この婚約を死守しよう。
あと、全クリアする前に亡くなったので幾つか謎だったことを知りたい。
(よし!)
今後の計画を立てたシャルロットは、拳を握り締め、天に突きあげた。
「不幸にならないように頑張る! 謎だったことも知る!」
「どうしたの、シャルロット」
突如後ろで声がして、びくっと肩が揺れた。
背後に兄が立っていた。
「お兄様、驚かさないでください……!」
心臓が止まるかと思った。
「ノックはしたよ? 返事がなかったから、風邪がぶり返して部屋で倒れているのかと思って」
今後のことについて真剣に考えていたので、ノックの音が聞こえなかったようだ。
「申し訳ありません、気づきませんでした」
兄はくすっと笑う。
「何にそんなに集中していたの?」
「これからのことについて真剣に考えていて」
「これからのこと?」
「はい」
ゲームノートの上に、さりげなく本を置いて隠した。
「わたくし、婚約者を大切にしなければいけませんわ」
強くそう思い、シャルロットが言葉にすると、レオンスはヒヤシンス色の瞳をちかっと光らせた。
「婚約者を嫌っていなかった? 自分にはふさわしくない相手だって」
以前のシャルロットは、名家の令嬢である自分が、なぜ他国の一介の貴族に嫁がねばならないのかと憤っていた。
しかし今の婚約者は、攻略対象ではないという一点において最高だ。
「それは昔のわたくしですわ……。婚約者を大事にしたいですわ」
レオンスは静かに頷いた。
「では来月、この屋敷に婚約者が来る際は、歓待しないといけないね」
「はい」
きちんともてなそう。
兄は鏡台の前まで行き、櫛をとる。
「髪をといてあげるよ。毛先が少しもつれている」
レオンスはシャルロットの髪にそっと櫛を入れた。
「いつもは身だしなみにとても気を配っているのに。それだけ婚約者について考えていたの?」
着飾っている場合ではなかった。これからのことについて対策を練っていた。
兄は器用に髪を梳いてくれる。
「オレはおまえが他国の貴族に嫁ぐと思えば、寂しいよ」
鏡を見れば、兄がシャルロットをじっと射貫くように見ていて、シャルロットは心臓が跳ねた。
「寂しいだなんて、どうしてですの」
レオンスとシャルロットの兄妹関係は、ゲームでは冷え切っていたけれど。
兄は目を伏せた。
「たった一人の妹が遠くに行くんだ、寂しく思うのは当然だよ」
攻略対象ではあるもののレオンスは一緒に暮らす兄だ。距離をとることは難しいし、仲良くなりたい。
「お兄様、結婚するまで時間はありますし、それまで兄妹仲良く過ごしましょう?」
前世を思い出せば、なぜシャルロットは今まで兄を邪険にしていたのかと感じる。
(お母様の影響が大きいのよね)
母は養子のレオンスをよく思っておらず、シャルロットに、レオンスに近づかないよう、使用人みたいなものだからと幼い頃から言い聞かせていたのだ。
シャルロットが物心つく頃、すでにレオンスは家にいたが母は兄を虐げていた。
二年前に母は亡くなったが、そのあともシャルロットはレオンスを軽視していた。
前世の記憶を得た今は、この家で兄が孤独を抱えていたことがわかり、気の毒だ。
兄妹仲良くなりたかった。
レオンスは微笑んだ。
「ああ、オレもおまえと仲良くなりたいと思う」




