29.奇妙な危うさ
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レオンスはクロヴィスを連れて自室に入り、親友に尋ねた。
「殿下が自分で口にしたのか。シャルロットと婚約しようとしていたと」
「ああ。本人が話していた」
レオンスは椅子に座り、額を押さえた。
「君に婚約してもらっていてよかった、クロヴィス」
王太子が屋敷に来たときから嫌な予感がしていたのだが。
やはり的中した。手を打っておいて幸いだった。
「殿下は殺したほうがいいのではないか」
低く呟かれたクロヴィスの言葉に、レオンスは目を瞬く。
「なんだって? 殿下を殺す?」
クロヴィスに視線をやると、彼は至極真剣な表情で首肯した。
「ああ。今日殿下は君の妹を連れて消えた。そのあとから彼女は気分が悪くなった。何かされたのかもしれない」
「シャルロットが、そう話したのか。何かされたと」
「いや。だが様子がおかしい」
様子がおかしいのは、クロヴィスもである。
レオンスは冷静に彼に話す。
「殺すわけにはいかない。エドゥアール・ミカエル・ファルードはこの国の王太子なんだ。シャルロットが何かされたと決まったわけでもない」
クロヴィスは納得できかねるといったように、唇を真一文字に結ぶ。
彼は日頃滅多に感情的になったりしないのだが、どうしたのだろうか。
レオンスはクロヴィスを直視する。
「なぜそこまで殿下に怒りを覚え、シャルロットの心配をする、クロヴィス?」
少々訝しく思い、レオンスはクロヴィスに尋ねた。
「それは……」
クロヴィスはこめかみを動かす。
「……君の大切な妹だからに決まっている……。今日、君から任されてシャルロットと一緒にいたのに連れていかれ、僕は彼女を守れなかった。申し訳なく思っている」
真面目で、責任感が強いクロヴィスらしかった。
「相手は王太子だし、責任を感じることはない」
クロヴィスは拳を握りしめる。
「もし殿下が、君の妹に何かしたのなら……!」
「落ち着けよ」
彼は自分よりよほど抑えることができる、感情の起伏が少ない人間なのだが。
本気で王太子に危害を加えそうな危うさを感じた。
レオンスはクロヴィスの肩を叩く。
クロヴィスの様子に若干奇妙さも感じたが、それよりシャルロットへの心配が心の大部分を占めていた。
「家に帰って休んでくれ。妹を送ってくれてありがとう」
「……ああ」
クロヴィスは頷き、落ち込みながら帰っていった。それを見送ったあと、レオンスは妹の部屋に向かった。
ノックをすると、中から返答があった。
「シャルロット、オレだ。入るよ」
扉を開けて入室すると、妹は寝台にいて半身を起こしていた。
「お兄様……」
何か思い悩んでいるようにみえる。レオンスは妹の元に歩み寄り、寝台の端に腰を落とした。
「シャルロット、心の中にためていることをオレに話してごらん。オレになら話せるだろう?」
シャルロットは視線を揺らした。
レオンスはシャルロットの指に指を重ねる。
「シャルロット」
「何もありません……」
本当に何もないのか、それともレオンスを心配させたくなくて、口を閉ざしているのか。
「殿下に、婚約をするつもりだったと言われたようだけれど」
「はい……」
クロヴィスと婚約させていて良かった。王太子といえども、すでに決まっている高位貴族の婚約を、無理やりに解消させることはできないだろう。
「やはりおまえは殿下に気に入られていたんだね」
「何が何だか、さっぱりわからないのですわ」
シャルロットは唇をきゅっと噛む。
アッシュブロンドの髪の下で、ラピスラズリの瞳が憂いを帯びて艶めいている。
「おまえはそれだけ可愛いんだから、目に留まってしまったんだよ」
「そうおっしゃってくださるのはお兄様だけですわ」
「おまえは自分の魅力がわかっていないんだね」
レオンスは大きく息を吐き出す。妹は外見も美しいが、無自覚にひとの心を掴み、惹きつけるところがあるのだ。
「これから、いつもオレかクロヴィスと一緒にいて離れないようにしなさい。殿下も、他の相手と婚約しているおまえに無茶なことはしない」
シャルロットは青ざめながら、こくりと頷いた。
「はい」




