2.熱で倒れる
「いえ、ありません」
「ちょっと待っていて」
兄は退室した。
シャルロットは、よろよろと寝台から起き上がった。
身体と心が冷え、震えが止まらなかったが、机からノートとペンを取り出す。
寝台に戻って羽根布団に包まりながら、ゲームの内容をまとめはじめた。
忘れないうちに、思い出したことを記しておこう。
他人から見れば、怪しい内容だから、日本語で書き留めていく。
真剣にペンを走らせていると、ノックの音が響いた。
シャルロットはノートを寝台の下に隠す。
「はい」
「オレだ。入るよ」
扉を開けたのはレオンスだった。
トレイを持っていて、その上には湯気の立つスープ皿が載っていた。
「ポタージュを持ってきた。身体を温めたほうがいい」
兄は寝台の端に座り、スプーンを手に取る。
「食べさせてあげるよ」
シャルロットはかぶりを振った。
「わたくし、自分で食べられますわ」
「だがこんなに震えているし、冷えている」
レオンスはシャルロットの手を取った。確かにシャルロットの指先は冷たく、震えてもいる。さっき書いたノートも、あとで読み返したとき果たして判読できるのか危ぶまれるほど文字が波打った。
レオンスは表情を曇らせた。
「オレに食べさせられるのは、やはり嫌か」
シャルロットは慌てた。
「いえ、そうではありませんわ。ただ、お兄様にそんなことをしていただくのは申し訳なく思うのです。夜会中ですし」
自分のために中座させ、手を煩わせてしまうのは悪い。
「夜会はこれからもいつでもある。体調不良のおまえを放ってはおけない。これをお腹に入れて、温まって」
シャルロットは兄の言葉に甘えることにし、頷いた。
レオンスはスプーンをシャルロットの口元に運び、ポタージュを飲ませてくれる。
身も心もあたたまるのを感じ、シャルロットはほっと息をついた。
「ありがとうございます、お兄様」
レオンスは虚を衝かれたように、笑顔のシャルロットを見た。煌めくような視線をじっと押し当てられ、シャルロットは目を瞬く。
「お兄様?」
「やはり熱があるのでは?」
レオンスはシャルロットの額に掌を当てた。
「お兄様、熱は……」
レオンスは息を呑んだ。
「やっぱりある」
「え?」
「発熱しているよ」
そういわれれば……。
さっきからひどく頭がぼうっとしている。
外で身体を冷やし、加えて記憶が戻ったことで、熱が出たのかもしれない。
「主治医を呼ぼう」
シャルロットは止めようとしたが、心配した兄は主治医を連れてきた。
診てもらったところ、シャルロットは風邪を引いたということだった。
「お兄様、風邪ですし、眠っていれば治りますわ」
「いや、気をつけないと肺炎を起こしてしまうかもしれない」
レオンスは傍について看病してくれた。
その後、シャルロットは高熱が出た。
羽根布団と毛布を被っているというのに、寒気を覚える。
レオンスはシャルロットの汗を拭い、額の布を頻繁に変えてくれた。
「もう部屋にお戻りください。風邪がうつってしまいます」
いつ瞼を持ち上げても傍に兄がついてくれている。このままでは兄に風邪がうつってしまうかもしれない。
「うつっても構わない」
レオンスは羽根布団をシャルロットにかけ直し、瞳に翳りを落とす。
「父親もわからないオレが部屋にいると、忌々しいか……」
「いいえ! お兄様」
シャルロットははっきりと否定した。
ゲームでも彼の父親は判明しておらず、それは次期公爵であるレオンスのトラウマなのだ。
「お兄様はお兄様です。体調の悪い妹を気遣ってくれる、優しいかたです。お父様が誰であっても関係ありません。大切なお兄様ですわ」
我儘三昧だった自分を心配してくれるとても良い人である。大事にしたい。
レオンスは微笑した。
「シャルロット、そう言ってくれて嬉しい。オレはおまえを大切にしたい。おまえはたった一人の妹だ」
兄の表情が穏やかとなり、ほっとしたシャルロットは、すうと眠りにおちた。
兄の献身的な看病のお陰で、二日後には熱が下がった。
もう平気だとシャルロットは言ったが、ぶり返してはいけないとレオンスはそのあとも一週間、シャルロットの傍について身の回りの世話をしてくれた。
「熱を確かめるね」
レオンスはシャルロットの額に額を合わせた。
イケメンの顔がすぐ傍で、シャルロットは赤面した。
「熱はないな」
どきどきしてしまいながら、シャルロットはお辞儀をする。
「ありがとうございました。お兄様のお陰で、もう全快です」
「よかった」
髪を撫でられて、シャルロットはくすぐったいような気持ちがした。




