16.最善策
クロヴィスは、レオンスの親しい友人である。
無口で冷ややかな印象だが、浮ついたところがなく信頼のおける人物だった。
妹は彼を怖がり、苦手に思っている。だからこそ、適任だった。
「クロヴィス、君に頼みがあるんだ」
深刻な表情で相談を持ちかけるレオンスに対し、クロヴィスは怪訝な顔をした。
「なんだ? また妹の自慢話を僕に聞かせる気か。確かに君の妹は美しかった。ただ少し顔色が良くない。体調不良なのでは?」
「妹は健康だよ」
「ならいいが。この間、足下がふらついていたし、心配していた」
シャルロットはクロヴィスに怯え、青ざめていたのだ。
「妹の自慢話をするのではないのなら、なんだ?」
レオンスは唇を開いた。
「君に妹と婚約してもらいたいんだ、クロヴィス」
彼はさらに不審げにする。
「何の冗談だ?」
「真剣に頼んでいる」
「君は妹を誰にもやりたくないと話していなかったか?」
「誰にもやりたくなんてないさ。だから婚約してもらいたい。オレが妹と結婚するまでの間の繋ぎとして」
「なんだって?」
「オレが妹を手に入れるまで時間が必要だ。今父に話しても、反対されるだろうから、父に認めてもらい、妹がオレを受け入れられるようになるまでの数年間、悪い虫がつかないように、君に虫よけになってもらいたいんだ」
「シスコンだと思っていたが……妹と本気で結婚する気なのか……」
レオンスは首肯する。
「オレたちは実の兄妹ではないし可能だ。他の男になんて渡せない。この間は王太子が家にやってきたし、このままだと何が起きるか……。取り返しのつかないことになる前に、妹を守りたいんだ。だから時期がくるまで、君に婚約してもらいたくてね」
「僕は誰とも結婚する気がないんだが」
「そんな君だから頼んでいる」
クロヴィスは強すぎる魔力を秘めていて、それは心身を蝕むほどのもので、暴走する危険性を孕んでいる。
彼は自身の血を残す気がなく、家庭を持つことを諦め、人に対して心を閉ざしている。
真面目なクロヴィスが妹に何かする心配はない。シャルロットも彼を恐れているし、妹の婚約相手として、これほどうってつけの人物はいなかった。
「婚約し、数年後、妹をこっぴどく振ってくれ」
クロヴィスは大きく溜息を吐き出した。
「レオンス、落ち着け。君は少し……いや大分おかしいぞ? 妹の元婚約者を罵っていただろう。最低な男だと」
「ああ、あれは最低で卑劣な、害虫以下の男だったよ」
「ならなぜ妹を振るようにと?」
「父を説得しやすくなるからだ」
婚約解消となれば、シャルロットが傷心だと父は思うだろう。そこで家族として見守ってきた自分が生涯守ると話せば、父も結婚を賛成してくれるはずだ。
クロヴィス相手なら、妹は婚約破棄となっても心に傷を負うことはない。
もちろん、レオンスは誰もが認める立派な男となり、シャルロットの心も自分に向けさせるつもりだ。
「一生に一度の頼みだ」
クロヴィスは心底呆れたといったような顔をした。
「時間を置いて冷静になったほうがいい、レオンス」
「オレは冷静だよ」
熟考した末の、最善案だった。
※※※※※
家にまた殺人鬼が来ている。シャルロットは、クロヴィスの馬車が屋敷に入って来るのを目撃し、寒気を覚えた。
しかしレオンスの部屋で、クロヴィスは兄と会っていた。自分と顔を合わせることはないだろう。
(よかった)
胸を撫でおろしたが、廊下を歩いているとき、ちょうど兄の部屋から出てきたクロヴィスと鉢合わせてしまった。
ぴしっと凍り付いてしまう。
クロヴィスはアクアグレイの瞳でシャルロットを捉えた。胃が引き攣れながら、シャルロットは、なんとか喉から声を絞り出した。
「い、いらしていたのですね、クロヴィス様。こんにちは」
「ああ。もう帰るところだが」
彼はシャルロットを無表情で眺める。
「君は体調が悪いのでは?」
「え……?」
なぜか心配げに見られ、シャルロットはまごつく。
「いえ……体調は良好です」
「そうか」
彼は兄とともに、階段を降りて行く。シャルロットは自室に戻り、呼吸を整えた。
(心臓が止まるかと思った……!)




