14.愛猫の代わり
翌朝、シャルロットが護身術の稽古に励んでいると、敷地内に煌びやかな馬車が入ってくるのが見えた。父の訪問客だろう、かなり身分のあるひとだ。
気にせず稽古を続けていると、少ししてメイドがシャルロットの元にやってきた。
「シャルロット様」
シャルロットは手を止め、汗を拭った。
「何かしら?」
「旦那様がお呼びなのですが」
「お父様が?」
さっき来客があったのに、自分に何の用だろう?
「今、お父様は来客応対中でしょうし、わたくしも稽古の途中だから。あとで行きます」
メイドは戸惑いつつ、それを父に伝えに戻った。
護身術の指南役を相手に、シャルロットが背負い投げの練習をはじめると、突如声が響いた。
「朝から男を放り投げているとは、粗暴な女だな」
声のしたほうを見ると、庭に、昨日の変なイケメンが立っていた。
なぜここにいるのか。
再び顔を合わせることになって、シャルロットは眉を寄せた。
「あなた、屋敷に勝手に入り込んだの?」
「貴様に会いにきてやった。ありがたく思えよ」
シャルロットは腰に手を当て、彼を睨む。
「どうしてありがたく思わないといけないの! ここから出て行きなさい。不法侵入は立派な罪だわ」
彼は王宮騎士だと思うが、常識がわからないのか。
人の家に侵入するなんて。
声を張り上げた直後、シャルロットは少年の後ろに父と兄がいるのに気づいた。
父は倒れんばかりに真っ青だった。
「シャルロット、失礼ではないか、今すぐ謝罪しなさい! こちらのかたは、王太子エドゥアール・ミカエル・ファルード殿下だぞ……!」
「え?」
シャルロットは棒立ちになる。
最後の攻略対象が──王太子エドゥアール・ミカエル・ファルードだが……。
シャルロットは父から少年にぎこちなく視線を移す。
金の髪に明るい青の瞳。冷たい表情の超絶イケメン。
(う……)
確かに、王太子エドゥアールだ。
ゲームより今は四歳若いが、俺様なのも、顔立ちも同じだった。
彼は昨日王宮にいたし、超がつく美少年。攻略対象でないわけがなかった。なぜ気づかなかったのか……。
(断罪される……!)
彼を踏んづけて、引っぱたいてしまった──!
さあっと血の気が引いたシャルロットに、エドゥアールは皮肉に笑んだ。
「さっきまでの威勢の良さはどうした?」
シャルロットは頭を下げた。
「申し訳ありません……! 知らなかったとはいえご無礼を。お許しくださいませ……!」
エドゥアールはこちらに歩み寄ってきて、目の前に立った。
シャルロットの顎に指を絡め、顔を上向かせる。
稽古用の飾り気のない服を着たシャルロットに、彼は視線を這わせる。
「貴様が、本当に公爵家の人間だったとは思わなかったぞ?」
彼は変なひとだったから、シャルロットも彼が王太子だとはわからなかった。
エドゥアールは唇に弧を描く。
「今日は確認に来ただけだ。今度、俺の元まで来い」
彼は父に視線を流し、歩き出す。
「用は済んだ」
「は、はい!」
父がエドゥアールを見送りに、屋敷の正面へと移動していった。
「シャルロット、これまでに殿下と顔を合わせたことが?」
近づいてきた兄に問いかけられ、シャルロットはかぶりを振った。
「いいえ、全然……」
「では彼はなぜ今日おまえに会いに?」
「わかりませんわ……」
昨日ユーグと王宮に行った際、エドゥアールに遭遇した。
しかしそのことは兄には内緒にしていた。
「誰か違うひととお間違いになっているのだと思います」
ああ、エドゥアールに名乗るのではなかった。
ならバレなかったはず。
ゲームでは確か、悪役令嬢は王太子と十五歳のときに婚約している。
昨日のこともあるし、エドゥアールのシャルロットへの印象は最悪なはずだ。今後も婚約することにはならない。それだけが幸いではあった。
今日は兄の部屋で勉強を見てもらった。そのあと、机から長椅子に移動した。
「おいで」
レオンスに促がされ、シャルロットは兄の隣に座った。居間でもこうして横に座らされることが多い。
猫をもふるように、レオンスはシャルロットの髪を撫でる。
「お兄様、わたくしは猫ではありませんわ?」
「ああ、おまえはオレの可愛い妹だ」
シャルロットは溜息をつく。
死んだ愛猫の代わりのように思われている気がしてならない。
だが頭をなでなでされると、心地よく、ゴロゴロと喉を鳴らしてしまいそうである。
「殿下が今日、シャルロットに会いにきたのは、おまえが彼の目に留まったからではないだろうか」




