13.備えが必要
彼がぐいとシャルロットの手首を引いたので、つんのめって彼の傍に寄ることになった。
近くで見れば見るほど、美しい顔立ちをしている。
「貴様、ここまで入ってくるなど。何か企んでいるのでは?」
「え? 企む?」
確かに王宮の地下洞窟への道を探していて、指輪を拝借したいと思っていた。それは悪い企みなのかもしれない。
口ごもってしまうと、少年の瞳は鋭く光った。
「やはり企みがあるのだな? まあ、それが何かわからないでもないが」
溜息交じりに言った彼に、シャルロットは目を丸くした。
「え……っ? 地下洞窟の指輪をご存知なのですか?」
瞬間、少年の表情が一気に変わった。
「貴様、なぜ地下洞窟のことを知っているんだ……!?」
やはりこのイケメンは何か知っているようだ。
だが手首を掴む力がきりきりと強くなり、痛い。
立ち上るような怒気を帯びた彼に、シャルロットは本能的に恐れを抱いた。
(逃げなきゃ……)
掴まれた手首を回し、足を踏み込み、自身の肘を上げて、少年の手を外そうとした。
しかし勢いよく踏み込んだとき、足元の石につまずき、体勢を崩してしまった。
倒れそうになったシャルロットを彼は抱いて受け止めた。
「こうして俺に抱かれるため、わざと飛び込んできたのか」
シャルロットは眦を決し、少年の頬を平手打ちした。
唖然としている少年を置き、シャルロットはその場から駆け出した。
(やたらイケメンだったけれど、変なひと!)
護身術の稽古にもっと力を入れなければ。
ゲームの断罪回避だけでなく、あのような男に絡まれた場合にも必要だ。
猛ダッシュしていると、鬱蒼と茂った木々からようやく抜け出た。
「シャルロット様!」
ユーグの声がして、彼がこちらに走ってくるのが見えた。
ユーグはほっと息をついた。
「よかった。姿が見えなくなったので、心配していたのです」
「ごめんなさい、ユーグ様。わたくし、迷子になってしまって」
ユーグは微笑んだ。
「いえ、シャルロット様が何事もなかったのならよいのです。王宮内で行ける場所は限られているので、ぼくから離れないでくださいね」
「はい」
王宮に連れてきてくれたユーグにも迷惑をかけるところであった。
そのあと彼に手伝ってもらって、夕暮れまで地下への道を探したが、見つからなかった。
シャルロットが落胆すると、ユーグが励ますように言ってくれた。
「王宮の書庫に今度行ってみましょう。何かわかるかもしれません」
「ええ!」
王宮なら、地下洞窟の指輪について書かれた書物があるかもしれなかった。
「長く友達の家にいたんだね」
家に帰ると、レオンスに首を傾げながらそう言われた。
御者には令嬢のところに行っていたことにしてほしいと頼み、口裏を合わせてもらっている。
「はい。話が弾んでしまいまして」
シャルロットは笑顔で誤魔化す。
「なかなかおまえが帰ってこなくて寂しかったよ」
レオンスはシャルロットの髪を撫でる。
このところ兄はシャルロットを猫可愛がりしているので、父も使用人も微笑ましくそんな兄妹を眺めている。
「兄妹仲が良くなったな。以前は、シャルロットは兄を兄とも思わぬ態度でいたが」
「大切なお兄様ですわ」
シャルロットが父に言えば、レオンスはわずかに目を細めた。
「オレにとっても大切な妹だよ」
「レオンスはひどく心配していたんだぞ」
父が嘆息し、レオンスは悲しげにシャルロットを見る。
「帰りが遅くならないようにしてほしい」
遅くといっても、外が暗くなる前には帰ってきたのだが。
兄は心配性なので、今度はもう少し早く帰るようにしよう、と思いつつ、シャルロットは父を仰いだ。
「お父様、お願いがあるのですけども」
「なんだ?」
「わたくし、護身術の稽古を増やしたいのです。それに武術も学びたいのですわ」
「そんなものを学ぶよりも音楽、絵画を学んだほうがいいのではないか」
今日、王宮で変なイケメンと遭遇した。
もっと備える必要があると強く感じたのだ。
「お願いします、お父様」
シャルロットが心から訴えると父は折れた。
「ああ、わかった。その代わり、レディとしての嗜みもきちんと学ぶのだよ?」
舞踏や裁縫など、淑女の習い事を真面目にしていなかったシャルロットに父は念を押した。
「はい、お父様」




