11.魅惑的すぎる兄
翌日、ユーグから連絡が来た。
本を読了したので、明日にでも家に来てほしいと。
書庫を案内してくれるとのことだった。
それでシャルロットは、兄には内緒でグラック公爵家を訪問した。
レオンスは過保護なところがあるので、止められそうな気がしたのだ。
ゲームのことを知られ、心配もかけたくない。
断罪回避は自分だけでなんとかするつもりだ。
公爵家ではユーグが笑顔で迎えてくれた。
「来てくださって、ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます。お招きいただいて」
「書庫はこちらです。どうぞ」
シャルロットはユーグについて、屋敷の南にある書庫へと向かった。
広い部屋の壁沿いに書棚が置かれていた。
「先日の図鑑と関連したものになります」
ユーグは何冊か本を取り出して、艶やかな机の上に載せた。
「助かりますわ! こちらで読ませていただいてもよろしいですか?」
「ええ」
それでシャルロットはユーグと並んで席についた。真剣に読書しているシャルロットに、ユーグが問いかけた。
「シャルロット様は何かを探してらっしゃるのですか?」
「はい」
シャルロットが顎を引くと、ユーグは興味深そうに身を乗り出した。
「何をです?」
「わたくし、願いの叶う指輪があると聞いたことがあって。王宮地下にあるらしいのですが、本当にあるのか、あるとすればどのあたりにあるのか知りたくて」
ユーグは顎に手を置いた。
「願いが叶う指輪が王宮に? 初耳ですし、ここにある本にも載っていなかったと思います」
「そうですの……」
シャルロットは肩を落とした。
「わたくし、見つけたいと思っているのですが……どうやって探せばいいのかわからなくて」
本にヒントが書かれていないかと今日やってきたが、載っていないらしい。
「王宮自体には、入ることはできますが」
彼の言葉に、シャルロットは耳をそばたてた。
「そうですの?」
ユーグは首を縦に振る。
「はい。ぼくの父は宰相で、王宮に与えられた部屋がありますので、その部屋に行くことは可能です」
ユーグの父親は亡き王妃の兄であり、重臣だ。シャルロットは自身の手を握り締めた。
「では、わたくしを王宮に連れていってはいただけませんか?」
何か手掛かりが得られるかもしれない。
「でももしそういった指輪が存在しているのなら、宝物庫の中ではないでしょうか、シャルロット様」
宝物庫が地下洞窟にあるのならそうだが、たぶん違う。
「王宮内の一部だけしか行けませんが、よろしいですか?」
「はい!」
王宮に連れていってもらう約束を取り付け、シャルロットは機嫌よく、屋敷へと戻った。
先日の本と、書庫にあった本も念のため借りた。
「今日はグラック公爵家に行っていたらしいね? 何をしに行っていたの?」
夜、兄に勉強を見てもらっていると、ふいに訊かれた。
レオンスには内緒にしていたのだが、どうして知っているのだろう……。
たぶん御者に聞いたのだ。今度は口止めしておかなければ。
「本を借りに行っていたのですわ」
シャルロットはユーグに借りた本を取り出し、兄に見せた。
「いつの間に、グラック家の人間と親しくなった?」
「お茶会で知り合って、少し話をしたのですわ」
レオンスは眉をひそめる。
「オレが目を離した隙に、悪い虫がついたんだね」
(悪い虫……?)
「違いますわ、お兄様。悪い虫だなんて」
ユーグは悪いひとではない。
レオンスは両腕を組む。シャルロットは不機嫌な兄に焦った。
「機嫌をなおしてください。誤解です。本を読みたくて伺っただけですのに」
兄はふっとこちらを見た。
「シャルロット、オレは心配なんだよ……。可愛いおまえに、不埒な男が近づいてしまえばと」
「そんなひと、どこにもいませんわ」
「会っていたグラック公爵令息は?」
「まだ十三歳ですし、不埒なかたではありません」
「もう恋をする年頃だ。同い年で気が合うのでは?」
「互いに本が好きなだけですわ。恋なんてものではありません」
「本当?」
「本当です」
シャルロットは少々呆れて、兄の頬を両手で挟んだ。
「お兄様はいろいろ心配しすぎです! わたくしを信用してください」
兄はシャルロットの手に両手を重ねて、淡く吐息をついた。
「おまえのことは信用してるよ。ただ、おまえに近づく男が信用できない」
甘やかに見つめられ、シャルロットは頬が熱くなった。
魅惑的すぎる兄を、誰かなんとかしてほしい……。




