10.三人目の攻略対象
(──攻略対象!?)
三人目の攻略対象、公爵令息ユーグ・グラック。
ヒロインやシャルロットと同い年の、癒し系キャラ。
今はまだ幼さが残っているし、シャルロットは本に意識を奪われ気づかなかった。
が、よくよく見れば、ゲームのユーグだ。
彼は殺人鬼等とは違い、悪役令嬢の断罪には参加していない。攻略対象の中で一番の常識人だ。
うろたえたが、こういった本をいろいろ持っているのなら、ぜひ読ませてもらいたいし、彼を避けることはないだろう。シャルロットは気を取り直し、名乗った。
「ユーグ様、わたくし、シャルロット・ラヴォワと申します」
「ラヴォワ公爵令嬢ですか。ここは会場から離れていますが、どうしてこちらに?」
シャルロットは吐息を零す。
「お兄様目当ての令嬢から逃げてきたのですわ」
「ああ」
訳知り顔で、ユーグは顎を引く。
「近頃、ラヴォワ家のレオンス様が妹君を溺愛されているという噂を耳にしました。眉目秀麗、文武両道、女性人気の高いレオンス様ですから、妹君に取り入ろうとする者も多いでしょう。シャルロット様も大変ですね」
「はい」
魅力がありすぎる兄をもつのも、本当に大変だった。シャルロットは疑問を口にする。
「なぜユーグ様は会場にいらっしゃいませんでしたの?」
ユーグは苦く笑んだ。
「ぼくは人が多いのが苦手なのです。今日は父に部屋から出るようにと言われたので、外にいたのですが、会場には行かずに、ここで読書をしていました」
ユーグの読書を妨げてしまい、悪いことをしてしまった。
「お一人でいらっしゃったところ、お邪魔してしまって。申し訳ありませんでした」
「いいえ」
彼は慌てて首を横に振った。
「趣味が合うシャルロット様と知り合えてよかったです」
ユーグはシャルロットを見つめる。
「ぜひまた、本を読みにいらしてください」
シャルロットはお辞儀する。
「ありがとうございます、ユーグ様!」
指輪について書かれた本が見つかるかもしれない。
シャルロットが笑顔になると、ユーグは照れたようにはにかみ、頬をうっすらと染めた。
また会う約束をして、そこを後にした。
「シャルロット、どこへ行っていたんだ? 途中で姿が見えなくなったけど」
帰りの馬車のなか、兄にそう訊かれた。
父は仕事で先に帰り、車内にいるのは兄とシャルロットだけだった。
「庭園が綺麗で、見ていたのです」
「オレは心配で仕方なかった。どうして別行動しようなんて言ったの」
憂いを帯びたあでやかな瞳に、シャルロットはどぎまぎしてしまう。
「それは……お兄様と親しくなりたいかたは、たくさんいらっしゃいますから。わたくしにばかり構っていただくわけにはまいりません」
でも、のちにゲームのヒロインが登場するので、兄と親しくなっても皆玉砕してしまうだろう。
「オレは誰より、おまえに構いたいんだよ」
シャルロットは頬を膨らませた。
「そんなことをおっしゃるから、噂が流れてしまうのです」
「噂?」
「そうですわ。お兄様が妹を溺愛しているって」
ユーグがそう話していた。
兄は肩までの髪を揺らせてシャルロットを見つめる。
「それは噂ではなく、ただの事実だ。オレはおまえを溺愛している」
シャルロットは鼓動が早鐘を打ち、顔が赤らんだ。
レオンスはシャルロットの頬を撫でる。
「だからこれからは、人がいるところで離れてほしいなんて言わないでくれ。おまえほど大切なひとはいない」
悪役令嬢であるシャルロットを、本当に兄は大切に思ってくれているのだろうか?
表向きだけ優しくしてくれているのでは。
「それは本当ですか?」
「本当だよ」
シャルロットは兄に視線を返す。
「わたくし、わがままで気が強くてどうしようもありませんのに」
兄は苦笑した。
「それは、以前のおまえだ。今は素直で可愛いよ」
レオンスと良好な関係を築ければ、と願っていたので、シャルロットは嬉しかった。
シャルロットは微笑んだ。
「そう言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます、お兄様」
レオンスの双眸が甘やかに光る。
「でもオレを避けているよね? 傍にいられたくない? 今日も離れていようと言って姿を消した」
「先程申し上げたとおり、わたくしだけに構っていただくわけにはいかないからです」
「それだけ?」
「そうです」
兄はほっと息をつく。
「安心した。おまえに避けられるとどうしていいかわからなくなるよ」
兄に優しく抱きしめられて、シャルロットはどきまぎした。
(う……)
仲良くなりすぎるのも、問題かもしれない。




