婚約破棄? 構いませんが、すでにすべて仕組んであるので、おしまいなのはあなたの方です。
サクッと読める異世界恋愛短編です。
「残念だが、きみとはもう一緒にいられない。実は、別に運命の人を見つけてしまったんだ。許せ」
と。
婚約者から切り出されたのは、とある夜会でのことだった。
婚約者の名前は、セデス・ガリレイ。
彼はこのガリレイ王国の第一王子であり、次代の王候補にもっとも近いと目されている。
私ーーリシェル・メルティナは、そんなやんごとなき身分の彼から見そめられる形で、五年前、その婚約者となった。
当時、セデス王子に対して私は、一切の感情を持ち合わせていなかった。
ただの貴族学校の同級生で、それ以上でも以下でもない。
そういう認識だったのだが、
「お前は今日から俺のものだ」
と、いきなり一方的に宣言されて、婚約者となってしまった。
そして両親もそれを歓迎するから、私としては、受け入れないわけにもいかず、仕方なく、この立場になった。
以来私は、未来の王妃になるべく、自分の時間を捨てて修行もしてきた。
隣国の言語を習得したり、政治や経済を学んだり、社交スキルを身につけたり、とあらゆる教養を身につける。
さらには、こうなったらしょうがないと、セデス王子に尽くすよう努力も惜しまなかったし、好きになろうともしてきた。
その結果迎えた結末が、これである。
婚約破棄。
ただ悲しいかといえば、まったくだ。
私はこの展開になることを三ヶ月ほど前に察知していた。
それを理解して、先に色々と手を回していたのだ。
むしろこの時を待っていたから、ついうっかり笑みが漏れてしまう。
私はまだだとそれを口元に手をやり、押さえ込んだ。
「そうですか……」
それから、神妙な声で返事をする。
「では、謹んでお受けいたします」
「……ふんっ。やけに冷静だな? 頭が真っ白にでもなったか」
セデス王子はこう鼻で笑い、
「あまりそういった口を使うのはよくないのでは? リシェル様がかわいそうですよ〜」
その新たな婚約相手であるフィオレ・サリエリは、フォローするようにこう言うが、その根底には明らかな軽蔑がある。
ただ私はといえば、それを余裕で受け流した。
むしろ今から可哀想になるのは、彼らなのだ。
なにせ私は、セデス王子の立場がひっくり返るような酷い秘密も、フィオレの本当の身分、そしてその裏にある魂胆もすべて知っている。
あとはそれを、この要人たちの面前で堂々と突きつけるだけなのだ。
いきなりの修羅場で異様な空気が流れる中、私は数歩、自信を持って前へと勇みでる。
そこへ、手はずどおり、オリンド王子も聴衆の中から前へと出てきた。
彼は、セデス王子の従兄弟にあたり、彼もまた王位継承権を持つ王子の一人だ。
彼は、その長い足を折って、床に膝をつく。
そうして私の手を掬い上げたら、軽くキスをくれた。
「リシェ、ようやくこの日が来たね」
それからこちらを見上げて、優しげに微笑みかける。
白薔薇が綻ぶ瞬間を見るような、絶対的な美しさだった。
美しいコバルトブルーの瞳に、白磁の肌、さらには銀色の輝く髪。
そのどれもが嘘みたいに、きらきらとして映る。
私は私で、それに軽くお辞儀をして応じていたら、
「な、なにをしている!?」
不貞男、セデス王子が焦った様子で声を荒げるから、私はわざとらしく首を傾げた。
「なにか問題でも? 婚約破棄されるということでしたので、私は今日をもって、オリンド王子と婚約を結ばせていただきます。それだけですわ」
「な、なんだと!? ど、どういうことだ! 説明しろ! 仮にも、たった今までお前は俺の婚約者だったんだぞ! それが第二位後継者ごときと繋がっていただなんて許されるわけーー」
「あら。慌てることじゃないでしょう? あなたは、そこの娘と一緒になりたいのですから、むしろ都合がいいのでは?」
「そ、それはそうだが……」
セデスは分が悪いと踏んだのか、ここで一度口ごもる。
「だ、だいたいそこの娘とはなんだ! 彼女もお前と同じく公爵家の家柄を持つ由緒正しきーーーー」
それから、苦し紛れの反論するが、全て聞くまでもない。
「どうだか。全て知っておりますのよ」
「な、なにをだ」
なんて無様な慌てようだろう。
私はセデスの様子に思わずにやりと笑ってしまう。
それにセデスが「ひっ」と怯えるのを見てから、私は続けた。
「すべてをひっくり返せる話ですわ。少なくとも、あなたの王位継承権は、今日でなくなるでしょうね」
そして、余裕の表情でこう告げてやった。
♢
セデスが不貞を働いているかもしれない。
その情報は、今から数ヶ月前。
使用人の一人から、「内密に」とのことで、私にもたらされたものだった。
「この間、城の掃除仕事に入ったたときに、王城の離宮にセデス様が入っていくのを見たんです。しかも、そのあとを追うように、背の低い女性の方が入っていかれて……」
その使用人は震えた声で、私に訴えてくる。
離宮は、普段ほとんど使われない。
一方で、なにか秘密裏の交渉をする際など、重要な会議が行われる場所でもある。
そこに、よく知らない若い女性が入っていくことは、まず考えられない。
「気になって中の様子を伺っていたら、セデス王子が親しげにその方の腰に手を回していらっしゃって…………。明らかに距離感が近かったんです。もう、本当に気分が悪くて」
私はそれを聞き、一つ長いため息を吐く。
浮気をされたこと自体は、とても気分が悪かった。
セデスは、ひどく強い独占欲を持つ。
こちらは、彼に言いつけられて、公務でさえ、歳の近い男性との接触は許されていなかったのだ。
その一方で自分は女遊びとは、あまりにも身勝手が過ぎる。
そう思ったのだが、どうやらそれだけではないらしい。
「しかもそこに、あのサリエリ公爵も後から離宮に入られたんです。それで耳を澄ませていたら、『婚約破棄』という単語が聞こえてきたんです」
サリエリ公爵家。
それは、我がメルティナ公爵家にとっては、宿敵のような家だ。
それは政治的なスタンスに限った話じゃない。
歴史を遡ると、どちらが王家に子を嫁がせるかでも常に競いあっていた。
が、しかし。
私の代においては、その争いは起こっていない。
なぜならサリエリ公爵家には、娘が生まれなかったからだ。
そのため、サリエリ公爵家の勢力は、近年翳りを見せていた。
セデスとのつながりも、ほとんど持っていなかったはずである。
それが、ここへきて妙な娘とともに接近しているーー。
「……なるほど、面白い情報ね」
「お、面白い?」
「そりゃあ腹は立つけど、私もあの人を心の底から好いていたわけじゃないもの。それより、こうなったら、どういう意図が隠れているかのほうが気になるわ」
生来私は、こういう謎に目がない。
こうして隠されると、その真実を知りたくて、首を突っ込んでいってしまうたちだ。
最近は未来の王妃という立場から、それを控えていたが……
自分が浮気をされているかもしれないわけだから、多少調べる分には、文句を言われる筋合いはないはずだ。
「その関係の裏、探りに行くわ」
「しょ、正気ですか」
「当たり前よ。むしろ、それくらいはしないと、その『婚約破棄』をいきなり突きつけられたら大変でしょ? だから準備をしておくの」
そうして私は、その女が一体何者なのか。サリエリ公爵家がどう絡んでいるのか。
それを調べるために、勢力的に動き出した。
幸いなことに、私は普段から未来の王妃として、公務にも携わってきたため、外遊に出ることに疑問を持たれることはなかった。
だから私は表向きは何事もなく仕事をこなしつつ、裏では調査に勤しむ。
その過程で、私は知り合いなどを頼って、本来知りたかった情報も、それ以外のセデスに関する秘密も、次々に収集した。
これでセデス王子と、フィオレにやり返すことができる。
私はそう確信していたのだけれど、やるならば、徹底的にやらなければならない。
そこで、旧知の仲であったオリンド王子に頼み込み、偽の恋人役になってもらうことにしたのだ。
彼は最初、かなり渋っていた。
そもそも夜会などの表舞台に出るのが苦手らしく、もはや門前払いだった。
しかし、毎日のようにその屋敷に通ううちに少しずつ折れてくれて、
「リシェのためなら、仕方ないね」
最後には茶番に乗ってくれることとなった。
以来、私とオリンド王子は、本番へ向けての練習を毎日のように顔を合わせて行う。
そうして、夜会当日を迎えたのであった。
♢
私はオリンド王子とともに、セデス王子とフィオレの秘密を、練習通りに聴衆へ向けて訴える。
私のつかんだ事実は、簡単に言えば、こうだ。
セデス王子はとある日、夜の街で拾ったフィオレという少女に枕を仕掛けられて、まんまとその罠に嵌った。
そのうえで「子供ができた」とフィオレにら訴えられて、どうしようかと困っていたところにサリエリ公爵家が現れた。
その狙いは、権力の復興である。
フィオレを自分の家の隠し子だと偽ることで、再び中枢に戻ろうと諮ったわけだ。
この時点で、なんとも酷い話だが、フィオレはといえば、もっと酷い。
彼女はなんと、隣国から送り込まれた美人局だったのだ。
孕んだ子どもを鍵にして、この国は乗っとられかけていたわけである。
それに気づきもしなかった愚かな王子が、セデスだ。
「なにか反論があればどうぞ」
「ここまでやったんだ。そうないとは思うけどね?」
全てを白日の元に晒してやったのち、私とオリンド王子は、二人にこう確認する。
が、それにセデスは顔を真っ青にするだけで、ろくに反応できていない。
フィオレはフィオレで動揺からか、わなわな震えて泣き出す始末。
聴衆に混じっていたサリエリ公爵はいつのまにか、会場から姿を消していた。
たぶん分が悪いと踏んだのだろう。
それを見て、後ろ盾を無くしたことを悟ったらしい。
フィオレは、その場から走って逃げ出そうとするが、あえなく捕まる。
セデスはといえば膝から崩れ落ちて、「なんで、どうしてこんなことに」と頭を抱えていた。
次代の王の、ほとんど最後だろう姿としては、なんとも情けない。
仕返しは、およそ完璧に成功したと言って、よさそうだった。
「今回は本当に助かりました」
夜会が中止となり、控え室に戻ったところで私はオリンド王子に、こうお礼を述べる。
「わざわざ苦手なのに、こんな場所に出てきてもらって、演技までしてもらえるなんて。オリンド王子さまさまです」
「はは、たまには表に出るのもいいかなと思ったよ」
オリンド王子はそう、少し疲れた顔で笑って言う。
優しすぎる笑みだった。
セデスがその信頼を全て失い失墜した今、オリンド王子が次期国王の有力候補となる。
だが、この感じではとても向いているとは思えない。
セデスが向いているとは言わないが、国王には、ふてぶてしさのようなものも求められるのだ。
そもそもからオリンド王子自身、王座を望んでいないのだから、それを避けてやるのが、協力を無理に頼んだ人間としての筋だ。
「安心してください。ちゃんと、オリンド王子との婚約話は演技だと伝えて、他の方が次期国王候補になるよう働きかけておきますよ」
私は彼を安心させるために、はっきりと言う。
が、オリンド王子はといえば、そっぽを向きながら、なぜか頬を赤く染めていた。
「……あー、それなんだけどね」
言いにくそうに、こう切り出してくる。
「どうかされましたか? 今更私にご遠慮は不要ですよ。恩を返さないといけないくらいです」
「えっと、実はね……。このまま王子になるのもいいかなと思っているんだ」
予想外の言葉だった。
私が目を丸くして、「どうして」と聞けば、彼は少し長い髪を耳にかけて、こめかみをかいた。
「……リシェとこれからも一緖にいられるなら、それが一番いい。君と過ごすうちに、そう思うようになったんだ」
「え」
「えっと、本気なんだけど、どうかな」
まさかすぎる告白であった。
人生で受けた二度目の告白だ。
が、セデスからの時とは全く違う。
私の胸が、どくどくとたしかに高鳴っていた。
ちゃんとした恋愛の経験をしてこなかったからか、これがどういうものなのか、私にはまだあまり分からない。
でも、オリンド王子とこれからも一緒にいたいという思いはたしかに私の中にあって、逡巡した末に首を縦に振る。
「その、では、よろしくお願い申し上げます」
「はは、そう固くならなくてもいいよ」
これから先になにが待っているのかは、わからない。
でもきっと、これまでよりは素敵な日々になる。
そんな予感を私は感じ取っていた。
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よろしくお願い申し上げます。
またこちらの短編も公開させていただいておりますので、合わせてお読みくださいませ(広告下のリンクからも読むことができます!!)
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『王城の浄化をほぼ一人でやっていた聖女ですが、婚約破棄をされたので、これからは自由に生きようと思います! 王城がどうなろうと知りません。』
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