泥中の華、怨嗟渦巻き沈んでいく ⑤
コラプサー?
その扉の向こうには何も無かった。いや…。【何も視えなかった】と云うのが正しいのだろうか…。視認出来ぬモノが存在しないモノとは限らない。ソレを証明するかの様に…。十返と相対する涼宮の瞳だけは何かを囚えているらしく、その表情には陰りが視えている。
視認出来ぬモノに対する恐れとは、心の奥底にある本能の恐れとも云える。
「気付いちゃった?」
十返は両の掌を蝿の様に擦りながらニヤニヤと嗤った。
扉の向こうでは光が屈折しているかの様な錯覚があった。錯覚なのだろうか…。
涼宮の足が地面を滑り始めた。ズルリと肉体が扉の方へ吸い寄せられていく。
「真逆…。コラプサー?」
涼宮の表情の陰りが深くなる。
コラプサーとは崩壊した星と云う意味がある。馴染みある言葉にするのならブラックホールだ。
「この扉の向こうに何があるのか私は知らないけど、私の咎【子宮に沈む】が語り掛けるには…。吸い込まれたら最後…。二度と出られないんだって…。」
十返はケラケラと嗤う。
『やっぱり…。ブラックホールに近しいモノ?』
涼宮は冷静に思考している。
ブラックホールは、宇宙空間に存在する天体の1つだ。極めて高密度で極めて高い重力を持つ、近傍の物質や光が脱出不可能となる天体である。
『そう…。彼女の咎、【子宮に沈む】の能力は重力に関する能力。だとしたらソレを極限までに圧縮したのなら…。擬似的にブラックホールを創り出すのは可能って事ね…。』
涼宮の頬に涙が流れた。
『華蓮…。ゴメンね…。』
徐々に徐々に涼宮の肉体が扉の方へと吸い込まれていく。何も無い筈の空間に無数の小さな子供の手の様なモノを涼宮は視ていた。その無数の小さな子供の手の様なモノは涼宮の肉体を掴み、扉へと引き込もうとしている…。涼宮は足掻くのだが…。その引力からは逃げられなかった。




