死刑囚 轟 京也 ⑨
気でも触れたの?
視界が歪む。血が足りないから視界が歪んでいくのだ。血液の損失。赤血球、ヘモグロビンの減少。体内の酸素供給が不足する状態。だとするのなら原因となる出血を止め、輸血や鉄剤の投与で赤血球、ヘモグロビンを補わなければならない…。
『けれど…。【スメルズ・ライク・ティーン・スピリット】では武器以外は創造出来ないし、彼奴の能力なのだろうか…。切られた箇所からの流血が止まらない…。』
ガントレットへ意識を向け、無意識に力を込めていた。ガントレットは熱を帯びていく。そう。ただのガントレットなら防具であり創造する事は出来ない。だが何らかしらの付加があるのならば武器として認識されるらしい。神経で繋がれたガントレットは脳からの電気信号を過剰に増幅させ熱を発生していた。ガントレットを触れられる傷口に押し当てる。肉の焼ける匂いが広がり、唇からは叫び声が漏れ出る。酷い痛みはあるが傷口は塞がる様だ。
『傷口は塞がった。後は…。』
僕は床に広がる血溜まりに顔を埋める。効果があるのかは解らなかった。けれど本能が血液を求め、気付くと血溜まりを啜っている。
「何やってるの?気でも触れたの?」
白雲の瞳の奥は恐怖に染まっていった。
ユラリと立ち上がりながら…。さぁね。こんな事をしても血液が補えるのかは解らないけれど…。少しでも生き残れる確率があるのなら…。なんだってするよ。と僕は云った。
「貴方とは恋仲になれそうに無いわね。貴方の右手にあるソレ…。鋸でしょ?」
「そうだけど…。ソレが何?」
「ソレだと切創じゃなくて、裂創になるでしょ…。力強い打撃が加わわるなら挫創になるし…。創面が美しく無い…。私の美意識に反するのよ…。気に入らない…。」
「別に気に入られようとしてないよ…。ソレに…。」
血液を啜ったからか力が漲ってくる。剪定鋸の柄を力を込めて握った。
「あんた…。もうすぐ、死ぬし…。」
【イギャァアァア】
鋸の刃の表面の女性の顔が叫ぶ。桃の匂いが広がる。多幸感に包まれていく…。白雲が両手を踊らせようとした刹那…。
僕は白雲の首元に鋸を当て…。
力任せに引いた…。
裂創とは皮膚が裂けた傷を指す。表面がギザギザとなる為、治癒後にも傷痕がうっすらと残る。挫創は裂創に加え、傷口周辺の組織が欠損している状態を指す。創面とは傷口の表面全体を指す言葉。




