死刑囚 轟 京也 ⑥
何で…。泣いているんだよ…。
僕の手に握られている剪定鋸の刃の部分には、幾人かの若い女性の顔が彫刻として浮かび上がっていた。でも、その顔は泣き叫ぶ表情であり、到底笑顔とは云えない…。
『何で…泣いてるんだよ…。』
僕の目指す桃源郷には涙は必要無い。そう云えば…、あの時も彼女達は泣いていた…。何故だ?桃源郷の一部になれるのだから…。泣く必要は無かった筈だ。桃源郷に行ければ恐怖、悲哀…。その様な悲観的な感情は無くなるのだ…。
思考を遮る物音がした。振り向くと巨大な橙赤色の毛虫の化物が、此方へと這いずって来ている。
「匂いにつられたのか?」
僕はソレを知っている…。あの巨大な毛虫はモモシンクイガの幼虫に似ていた。だが、その頭部は人間の貌で躯の背面からは大量の刺毛が生えている。ソレは嗚咽の様な声を発しモゾモゾと蠢いていた。
『此奴は…。』
貌に見覚えがあった。強制猥褻等殺人罪で死刑囚となった低俗な奴である。僕が抱く理想への志しとは違い、欲に溺れただけの屑だ…。
僕は剪定鋸を振り上げ、斬り付ける。モモシンクイガは刺毛を此方へ向けた。
『モモシンクイガの刺毛には【毒性】は無い…。』
空を切る音と共に刺毛が僕の肉体に刺さっていく。痛みは然程無かった。
刹那…。
グラリと意識が揺れた。
視界は世界を歪めていく。
『なんだ?モモシンクイガの刺毛には毒性は無い筈だ…。なのに…。何故?意識が持っていかれそうになるんだ…?』
朦朧とする意識の中。
また頭の内に聲が響く。
【理想は遥か遠くだ。まだ死ねないんだろ?なら渇望しろ。生に獅噛み付き足搔き藻掛け…。】
僕は本能の儘に柄を強く握る。
【イギャァアァア】
剪定鋸の刃にある女性の彫刻が血の涙を流し断末魔の叫びを上げる。強くなる桃の匂い。ラクトンの匂い。
多幸感に包まれた。斬り付ける度に桃の匂いは増し、増す程に多幸感に包まれる。
【狂乱状態へ移行します。】
機械的な音声が流れ…。
僕の肉体は意思とは関係無く…。
動き続けるのだった…。




