死刑囚 轟 京也 ④
桃源郷は…。その先に…。
幼い頃、ソレを視た。
あの記憶を忘れられなかった僕は…。投資で資金を貯めた。あの光景を再現しようと思ったからだ。祖父母の所有していた桃の木が生い茂る山を一座貰い受け、桃農家になる為に、知り合いの桃農家を紹介して貰った。二年程は下準備を整える期間を要し、後は若い女性を集めるだけになった。
本来なら乳呑児を誘拐して桃だけを与え育てるのだが、子育ての経験もない僕が一度に数十人育てるのは無理があった。だから街の一角に群がる金銭目的の若い女性を攫い、攫った十数人を防音設備が整った部屋に閉じ込め、桃だけを食料として与えた。一年と半年過ぎた頃には、攫ってきた女性は桃の匂いを発する様になった。
総ては理想とする桃源郷を自らの手で創り出す為…。
残すは…。
最後の仕上げだけとなった。
従順になっていた女性を一人、また一人と部屋から連れ出し…。作業場へと連行する。作業場の中へ入ると…。一様に皆、恐怖に震える。ソレもその筈だ。其処にあるのは木製の作業台と手足を固定する為の金属の枷。そして…大きな剪定鋸一つだけなのだから…。
あぁ。誰か…。
教えて欲しい。
狂ってしまったのは…。
此の世界か…。
ソレとも僕か…。
あぁ。でも…。
何方でも良いんだ…。
何方にせよ。
何かが狂ってしまった事には…。
変わりないのだから…。
事実がどうであろうと…。
僕の真実は一つだけだ。
幼い頃。ソレを視た。
ソレだけが僕の世界なのだ。
然し…。
首を切り落としてる最中。
現行犯逮捕されてしまった…。
【桃源郷】には再訪出来ない事と…。
思い知る…。
死刑宣告を受けても僕は…。
理想とする【桃源郷】を忘れる事が出来なかった。悶々とした日々を過ごしていた或る日の事…。白く深い霧が僕を包んだ。
【桃源郷】は…。その先に…。
轟京也。
二十六歳。男性。
後に【正義】と思われる咎を発症。
咎名【スメルズ・ライク・ティーン・スピリット】
ステージⅡ 末期。




