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死刑囚 轟 京也 ②


 僕はソレを視た…。


 幼い頃、ソレを視た。


 ソレを視たのは小学校高学年の頃だった。帰省を兼ねた家族旅行で訪れた地方。都内から車を高速で走らせ、二時間半程の場所。山中にあるキャンプ場だったと記憶している。


 日が昇る少し前、僕は眠りから覚めた。用を足そうと両親を起こそうとしたのだが、何方どちらも疲弊していたからなのか起きてはくれなかった。テントから出ると、朝の空気は夏であるのにも関わらず、少しの冷気を含んでいた。鼓膜を刺激するのは鳥の鳴き声と虫の鳴き声。濃いきりが少し先の景色をぼかし、幻想的な空間を演出している。その現実離れした光景に心踊り、僕は歩き出した。


 れ程の時間歩いていたのかは解らないが、見知らぬ内に、森の奥深くへと入り込んでしまったらしかった。ヒンヤリとした空気が肌を撫でる。そして…。ここにきて漸く、自分が迷子になってしまった事に気付いたのだった。不思議なモノで気付いてしまうと、途端に此の場所がとても恐ろしい場所に思えてくる。


 人気の無い森。


 視界は白いきりに覆われている。不意に鼻腔びくうを刺激する匂いが漂った。果実の匂いだ。人を惑わす甘い果実の匂い。記憶をまさぐると桃の匂いだと気付いた。僕は桃が好きだ。あの匂いに心は惹かれてしまう。桃をかじれば、あの匂いが口の中に広がる。何ともたとえ様の無い匂い。


 僕は心惹かれる儘、引力に引かれる儘。


 匂いのする方へと向かう。辺りには桃の木が生い茂っていた。白く深い霧が冷たい冷気を孕んでいる。僕は奥へと入り込む。奥へと奥へと…。桃の匂いが強くなる。強くなるに連れ、その中に錆びた鉄の匂いが混じっていく。その奥には開けた場所があった。その開けた空間の中央に一段と大きな桃の木があった。


 僕はソレを視た…。


 大きな桃の木の枝には、幾つもの大きな桃の実が実っている。その大きな桃の実は匂いを強く放っていた。白く深い霧の中、僕は近付ていく。


 僕の瞳がソレを認識した時…。


 僕は其の場に崩れ落ちた…。


 大きな桃の実だと思っていたのは…。


 幾人もの幼女の顔だった。


 そう。僕が視たソレは…。


 人の顔の実をつけた樹木である。

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