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死刑囚 十返 宮子 ④
記憶の蓋が開いたのなら…。
息子を迚も恐ろしいモノと認識してから無意識に避けるようになっていった。距離が出来ても考える時間が増え、考えれば考える程に気味が悪くなってくる。厭な悪循環だ。長年連れ添った夫にさえ不信感を抱く様になってきた。
息子の仕草。行動。声色。表情。其れ等が気になり眼で追い、眼が合えば視線を逸らす。其れの繰り返しである。だが息子の仕草。行動。声色。表情。其れは何処かで視た様な気もする。既視感を感じ、思い出そうとしても思い出される事は無い。其れは迚も擬しく歯痒い。
心の奥底で何かが蠢いている…。
その様な気もする。
何かを忘れているのだろうか?
ともすれば、【記憶に蓋をしなくてはならない。】その様な事があったのだろうか…。
ズキズキと頭が痛む。
脳が掻き乱されている…。
そんな痛みだ。
【大丈夫。少しの間だけ我慢して…。】
記憶の蓋から何かが漏れ出た。
頭を振り、現実に獅噛みつく。記憶の蓋を開けてはならない。記憶の蓋が開いたのなら…。私は何もかもを失う。
そんな事を思った…。




