魔王封印!
アークは目の前で土下座をしている友人にどう声をかければいいか悩んでいた。
彼は幼馴染で学校のクラスも同じだった。
卒業後お互いの家業が忙しく、会うのも久しぶりだった。
そんな久しぶりの再会が土下座から始まるなんて。
「ね、ソリティス。
とりあえず立ち上がろうか。
土下座して謝られるなんて、覚えがないんだけど。
て言うか、俺たち最近会ってないよね?
なのに土下座される意味がわかんないんだけど」
そういうと額を地面につけて微動だにしないソリティスに手を差し伸べた。
すると恐る恐るといった表情で顔をあげた。
「だよね、意味わかんないよね。
でもこれからお願いすることはアークにとって本当に無関係だし、困ると思うんだ。
けど、もう俺はアークにお願いするしかないんだ。
頼むよ、引き受けてほしい」
「いやさ、目的も言わないのに引き受けられないよ。
何を俺にしてほしいのさ」
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「ここまで来たら魔王城まであと二日くらいだな。
今まで色々あったけど、後は魔王を倒すのみだ。
もうひと踏ん張り頑張っていこう」
そう仲間に話しかけるのは勇者と呼ばれる少年だ。
彼は1年ほど前、異世界から召喚された。
この世界の召喚は魔方陣を描いて、そこに魔力を流せばできる。
魔方陣の描き方は複雑だが、理屈は簡単だ。
しかし、以前は溢れるほどあった人間の魔力も今はほぼないに等しい。
稀に大量の魔力を持った人間も生まれるのだが、まぁ、あまり期待できない。
では召喚など行わなければいいのだが、魔物がはびこり人の町を襲ったりするので対抗手段として勇者を召喚するしかないのだ。
そもそも昔は溢れるほどあった魔力がなぜ今はほぼないのか。
「しかし、魔族もいい加減にしてほしいよ」
「そうそう。
私たち人間の魔力を奪い取るなんて、卑怯だわ」
勇者一行にありがちな戦士と魔法使いが言い合う。
戦士や魔法使いの鎧の傷み具合からかなり長い間旅をしてきたことが見て取れた。
「それももう少しで終わりよ。
魔王を倒せば魔力は元通りになるんだから」
そう笑顔で口にするのは僧侶だ。
元は白かったであろうローブが風になびいていた。
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「とりあえずそこに座って」
アークはソリティスを家に招き入れ、自分の部屋で対応することにした。
最近ハマっているフレーバーティーがとてもいい香りだ。
一瞬現実逃避しかけるが、うなだれて顔を上げないソリティスをそのままにしておくことはできない。
「こんなにしょげてるというか、元気のないソリティスは初めて見たよ。
ね、僕にお願いって何?」
窓の外は夕方のオレンジ色から夜の紫に色を変えてきていた。
このまま黙っていては何時になるか分からないので、単刀直入に聞くことにした。
ソリティスはその言葉に一瞬肩を震わせたが、体から何か吐き出すように息を吐くと真っすぐに見つめてきた。
「急に訪ねてきてごめん。
アークはさ、俺んちの家業知ってるよな?
本来なら親父がまだ現役のはずだったんだけど、こないだ腰を痛めちゃってさ。
急きょ俺が家業を引き継ぐことになったんだよ。
まさかこのタイミングで俺が引き継ぐことになるなんて、ついてねぇ」
「え、ソリティスがすべて取り仕切るの?」
ソリティスの家業…古くから続く家ということと、彼の家系にしか現れないスキルのおかげで?せいで?この国で一番重要な仕事を担っている。
そしてその役割はおよそ百年に一度果たせばいい。
その年に当たらなければ、何もせず報酬をもらってのんびり過ごせるという、いいのか悪いのかなんとも言い難い仕事だ。
「そのまさか、だよ。
アークも知ってると思うけど、俺たちの在学中に勇者が召喚されたじゃん。
そこから我が家は大忙し。
親父はやる気満々で迎え入れの準備も万端、後は到着を待つだけだっだんだ。
けど先日の嵐対策で屋根の補強をしてたら落っこちたんだよ。
で、腰を痛めて動けず引退。
ほんとついてねぇ」
そういうとがっくり項垂れた。
「けど、もう準備万端ってことはもう対応するだけでしょ?
こういうのって準備が一番大変で後はなるようになるだけな気がするけど?」
「何言ってるんだよ。
俺の性格知ってるアークはさ、うまく勇者一行の相手をできると思う?」
「あ、厳しい、か」
アークの知ってる学生時代のソリティスは、アークと一緒にいる以外はほとんど一人で過ごしていた。
自分の気持ちやしたいことなどを主張するのが苦手で、『誰かと一緒にいるな』と思って何気なく見てみると大体が喧嘩していた。
「成績優秀で人当たりも良く、難題を吹っ掛けられても笑顔で相手をいなせるアークに手伝ってほしいんだよ。
な、一生のお願いだ。
勇者一行の接待、一緒にやってくれ!
幼馴染を見捨てないでくれ」
「いや、ダメだろ。
接待に役立ちそうなスキルじゃないし、何をどうするのかもわかんないし。
それにもう勇者って明後日くらいには入国するんじゃなかったっけ?
今から手を貸すって言っても・・・」
「大丈夫だよ。
接待の準備はもうできてるんだ。
後は状況の把握からの対処、挨拶と退場だけだから。
スキルを使うところは俺がやるし、それ以外をやってほしいんだ」
「いや、っていうか俺がやって大丈夫?
勇者一行をもてなして、気持ちよく帰っていただく。
国として失敗は許されないやつだよ。
それを部外者の俺が助けるなんて」
「さっきアークは『準備が一番大変で後はなるようになるだけな気がするけど?』って言ったよね?
そんなこと思えない俺がやるより絶対にうまくいくよ。
俺がやると失敗する未来しか見えない」
その後のソリティスは、最初黙っていたのが幻だったかのように言葉をつくしまくった。
そうそれは、夕ごはんを一緒に食べ、なぜかお風呂も一緒に入り、窓の外が明るくなるまで止まらなかった。
結局アークは絆された。
いや、根負けしたというのが本音だろう。
朝ごはんを共にしっかり食べたあと、二人はソリティスの家へ向かった。
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勇者一行の目の前には異様なほど暗く、見るからに禍々しい雰囲気の門がそびえ立っていた。
前に立つだけでどこか寒気を感じるほどだ。
「ここまで来たら引き返すことはできない。
みんな覚悟はいい?」
勇者の問いに他のメンバーが無言で頷いた。
重厚な門を押し開けるとかなり多くの魔物たちの気配がした。
魔物は魔族が手先として使役しているらしい。
そう勇者を召喚した国の王は言っていた。
「ここの魔物たちはかなり強そうだ。
けど、僕たちだってただ旅をしてきた訳じゃない。
旅に出た頃より強くなってるはずだ。
みんな、今まで以上に力を合わせて頑張ろう」
『おーっ!』
勇者の声掛けにみんなの声が重なった。
そして勇者の最後の戦いが始まった。
はぁはぁ・・・
もう大分魔物を倒したし、かなり上層階まで来た。
その間に戦士や魔法使い、僧侶の武器も補強できた。
やはり最後のダンジョンと言える魔王城には最強の武器が眠ってるんだ。
「きっと勇者の武器もあるわね」
魔法使いと僧侶の二人が、新しい武器から繰り出される強力な魔法で魔物をバッタバッタと屠っている。
そんな様子を見て『羨ましいな』と見ていたら、背後の魔物に気付くのが遅れた。
「あっ」と思ったが、戦士が先ほど手に入れた剣で一刀両断した。
「確かに新しい武器が羨ましいのはよく分かる。
だが、魔王がいる部屋ももうすぐだろう。
気を抜くんじゃない」
素直に頷くと目の前に迫ってきた魔物と対峙した。
倒した先に一見分かりにくいが、巧妙に隠されていた部屋を見つけた。
高鳴る胸を押さえながら入ると、そこには美しく光る一振りの剣があった。
「これは勇者、僕の剣だ!
待ってろ、魔王。
僕が倒してやる」
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ソリティスの家に着くとおじさんとの挨拶もそこそこに勇者たちを迎える手順の確認をした。
「まずは入国したら冷たい風を送る感じだよね?
で、幻を使って地下に誘導すると。
ね、風って必要なの?」
「うちに伝わってる書物を読むとさ。
魔王城へ入るときに風が吹くと臨場感がでるらしいんだよね。
恐怖心とか武者震いとか?そんな感じ?
だから専用の送風機を設置済み」
ソリティスが書物をめくりながら教えてくれた。
「で、そこからは勇者たちの様子を見ながらレベルに合わせた魔物を送り込むでしょ。
彼らの進み具合を見ながらうまいこと上層階へ誘導していくってのが流れなんだ。
それと各階に設置した隠し部屋に、それぞれの特性に応じた専用の武器を配置済み」
勇者には剣、戦士には斧、魔法使いと僧侶には杖だ。
「その武器って本物?」
「もちろんだよ。
ただ能力的にはこの国にある最高の武器よりは劣るけどね。
ま、ただあちらの国にとってはかなり強力な武器になはずだから、終わった暁には国宝として扱われるらしいよ?」
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勇者たちの目の前に一人の男が立ちはだかった。
その男は見るからに背が高く、どこか威圧感みたいなものを感じた。
全身黒づくめの姿から『どこかの組織の一員みたいだな』と勇者はちょっと思った。
「よくぞ来た、勇者たちよ。
我が魔王だ。
ここまで逃げずに来た根性は褒めてやる。
その根性に免じて、このまま帰るというなら手を出さずにいてやろう」
魔王は目の前にいるというのに、声は違うところから聞こえるようだった。
その声は低く、腹の底に響いてくる。
「何を言う!
この世界の人たちから魔力を奪うなんて卑怯だぞ。
お前を倒して世界に秩序を取り戻してやる」
「はははははっ。
秩序を取り戻すとな。
面白い。
やってみるがよい」
そうして勇者たちと魔王の戦いが始まった。
「やっぱり倒すことはできなさそうだ。
このまま封印する方にシフトしよう」
勇者が魔王の魔法を躱しながら合図した。
勇者が魔王の懐に近づくたび姿をくらまし、思ってもいない場所から現れるのだ。
これまで何度繰り返したか分からない。
このままでは体力がもたないと、勇者は判断した。
みんながうなずくのを見て、勇者は戦い方を変えた。
封印するだけなら懐に飛び込まなくてもいい。
魔法使いが得意の火魔法で魔王の注意を引きつける。
その間、僧侶がいくつものバフをかけ、戦士のスピードとパワーをあげる。
その後、戦士が魔王の魔法を躱しながら攻撃をする間に、僕が国から預かった水晶で魔王を封印する。
何度も話し合い、シミュレーションしてきた。
ほんの少しタイミングがズレるだけで失敗する。
戦士と相対してると思って別のところから攻撃を仕掛けても即対応される。
相手は魔王一人なはずなのに、複数人いるような気にさせられる。
だから慎重に、かつ気取られることなく行動しなければならない。
そうして僕たちはシミュレーション通りに動き、何とか魔王を封印することができた。
倒せなかったのは悔しいが、これで世界は救われる。
僕は魔王の姿が薄っすら見える水晶を拾い上げた。
この水晶に魔王が閉じ込められていると思うと感慨深い。
にしてもどこか変な感じもする。
封印しようとしたときから、魔王の動きが変わった気がした。
対峙したときは徹底的に攻撃を仕掛けてきていたのに、封印を決めたときからはむしろ誘導されているような、そんな気がした。
そのことを確認しようとみんなに声をかけたとき、足元が光った。
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「これで何とか終わったな。
アークありがとう」
ソリティスは涙を流しながら、でもどこか吹っ切れたように笑っていた。
アークも最初は乗り気ではなかったけど、どこかやり切ったという達成感が気持ち良かった。
「あのさ、勇者との戦いって今までもこんな感じだったの?」
「もちろんだよ。
あの国は魔力さえ復活できればいいって考えだからね。
色々試行錯誤の上、魔王が封印されても魔力が使えるようになるって仕向けたらしい。
だから魔王が封印された水晶を持ち帰って、武器と共に証とされるんだ。
ちなみにその水晶には前回から約百年分の魔力を貯めてあるからね。
あの国はその水晶を秘密裏に使うことによって『魔力が復活した』ということにするんだよ」
それにしても、とアークは思う。
きっと勇者たちは水晶と武器を持って凱旋し、称えられるのだろう。
今回も魔王を倒すことはできなかったけれど、封印はできた。
これで魔法がまた使えるようになり、世界は平和になったのだと、あの国の人たちは思うのだろう。
真実を言えば魔王などいない。
魔物はいることにはいるけど、俺たちが生み出して使役している訳ではない。
嫉妬や憎悪など人のマイナスの感情が集まり、溜まり、そして瘴気になる。
それらが動物の体内に蓄積した結果、魔物となるのだ。
アークたちだって討伐することはあれ、捕まえて使役するなんてとんでもない。
先ほどまで勇者一行と戦っていた魔王や魔物はソリティスのスキル『幻影』によるものだ。
そのスキルがあるからこそ、ソリティスの家業は勇者対策なのだ。
そもそもどうしてこんな一芝居をすることになったのか。
アークは強制送還され誰もいなくなった魔王城と呼ばれている空間を見つめた。
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昔この世界に国という存在はなかった。
勇者を召喚した国もアークの生まれた国もなく人間が各々住みやすい場所で暮らしていた。
むしろ一緒に力を合わせて生活していた。
そこからどれくらい時が経ったか。
人間たちの能力の差が顕著になっていった。
かたや魔力が多く、魔法を自由自在に操れる人間。
かたや魔力が少なく、魔法をあまり使えない人間。
すると魔力のない人間はある人間に対して強い嫉妬をするようになった。
そしてその強い嫉妬は同族で争いを生んだ。
魔法は食材として動物を倒すときや生活に必要な動力とするときに使うもの。
そう考え使ってきたので、同族に向けて魔法を使えるはずもない。
魔法を使えない者は、その考えを逆手にとった。
魔法を使える者たちをあえて強い動物と戦わせたり、眠らせず灯を点し続けさせるというような、まるで嫌がらせのような仕事を押し付けた。
何年も何年もとにかくこき使った。
そんなことが続いたある日。
魔法を使える者たちはやっとのことで転移魔法を編み出した。
そして魔法を使える者たちは一斉に逃げた。
逃げた者たちは協力しあい、誰にも侵されることのない国を作って隠れて住むようになった。
それがアークが住む国の始まりだ。
そんな背景があるので、アークが住む国の住民は皆魔法が使える。
そして建国の歴史はきちんと教えられ幼い子供でも知っている。
そのため、この国を出るものはほぼいない。
逆に勇者を召喚した国は、食料を得ることも生活に必要な動力を得ることも一筋縄ではいかなくなってしまった。
困窮し、ある日突然いなくなった魔法を使う人間たちに怒り、混沌としていった。
そこにたまたま異世界より人間が現れた。
しかも多量の魔力を持って。
これは好都合、彼に魔法を使う人間たちを連れ戻してもらえばいい。
ただ真実を言えば協力してもらえないだろうと思った。
ならばと、ありもしない魔王という存在を生み出し、討伐してくるよう依頼した。
それが勇者との長い戦いの始まりだった。
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始めは魔法が使える人間を連れ戻すのが目的だった戦いも、ちょっとずつ意味が変わってきた。
だが意味は変わったとしても、この不毛な戦いはまだまだ続くのだろう。
でもアークは見逃さなかった。
勇者がどこか怪訝そうな顔をしていたことに。
ソリティスに見せてもらった過去の文献には、今までの戦いのすべてがつづられていた。
そこには誰しも魔王の封印に違和感を感じることなく帰還し、褒章をもらって過ごしたとなっていた。
勇者は元の世界に戻れず、この世界に残ったこともつづられていた。
しかし今回の勇者はどこか魔王の動きに違和感を抱いているようだった。
最後、仲間に声をかけようとしていたみたいだったし。
もしかしたらまたこの国に来るのではないかとふと思った。
アークのスキルは『直感』だ。
まだ面倒なことが続く予感がしていた。
やっと何とか落ち着きました。
構想はあっても中々纏まらず、でも執念?でなんとか書き上げました。
誤字脱字、言葉の拙さ等きっと山ほどあると思いますが、読んでいただければ嬉しいです。




