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蛍と月 ほたるとつき

作者: 雨世界

 蛍と月 ほたるとつき


 あの、とっても、寒いんです。だから、あっためてくれますか?


 その日に見た月は、本当に綺麗だった。

 暗くなり始めた空の中に輝いている月は、なぜかその日、蛍の目にとても美しく輝いて見えたのだった。

 それがとても不思議だった。いつもは月をみても、そんな風には思ったりしないのに、どうしてだろう? と、蛍は思わず、そんな美しい月を見ながら、そんなことを少し顔をかたむけながら考えていた。

 それから少し考えたところで、急に蛍の顔が赤くなった。それは蛍が今、私の目に月が美しく見えているのは、きっと『あいつ』のせいなのだと気が付いたからだった。

 ……、その、蛍が今、心に思い浮かべている同い年の男の子に、蛍は恋をしていた。

 顔を真っ赤にして驚いた顔をしていた蛍は少しして、にっこりと嬉しそうに笑って笑顔になった。

 季節は冬になったばかりのころで、ずいぶんと寒くなってきた。だから蛍は、とっても寒いから、できれば、あいつにぎゅっと抱きしめてもらいたいって、そんなことを綺麗な月を自分の部屋の窓から見ながら、ぼんやりと思った。


 高屋蛍は今年十二歳になる小学校六年生の女の子だった。とても綺麗な子で、長くて美しい黒髪に、目が大きくて、猫ににている顔をしていた。小さなころからよくかわいいと言われていた。よく告白もされたりしたけど、蛍はまだ、誰ともお付き合いをしたことがなかった。(全部断っていたのだ。男の子はうるさいだけだし、めんどくさいから)

 春の日。蛍は小学校の校庭のすみっこに生えている一本の枯れた木を見ていた。とても古い木らしくて、一年中枯れていたから誰もその木のことなんて、見たり、あるいは、そこにこの木があることを覚えている生徒もあまりいなかったと思う。(もちろん、たぶんだけど)

 そんな枯れ木の前で、蛍はじっと立ち止まったまま、その枯れ木を見ていた。そんなことを赤いランドセルを背負っている蛍が学校帰りの時間に、足を止めてしているのは、一人の男の子が原因だった。

「ねえ、危ないよ。もうおりなよ」と少し上を向いて蛍は言った。

「大丈夫だよ。もう少しだからさ」と枯れ木をのぼりながら、男の子は言った。

 その一生懸命、枯れ木をのぼっている蛍と同じ教室の男の子の名前は小野月と言った。

 月がどうして枯れ木をのぼったりしているのかというと、それは枯れ木のしたに一匹の子供の鳥が落ちていたからだった。よくみると枯れ木の枝の上には鳥の巣があった。どうやらそこから、この子供の鳥は落っこちてしまったようだった。子供の鳥は地面の上で枯れ木の枝の上にある鳥の巣まで戻ろうとしていたのだけど、まだ飛べないので、戻ることができなかった。

 そんなところを蛍は偶然、目撃して、どうしようかと思っていると、「なにしてんだよ」と月が蛍に言ったのだった。

 蛍が事情を説明すると、「わかった。まかせとけ」と言って、月は小鳥を手のひらの中にそっと優しく持つと、「ちょっと、あぶないよ」という蛍の言葉を聞かずに、そのまま枯れ木をのぼりはじめたのだった。

 枯れ木は、一年中枯れていたけど、大きめの木で幹も枝も太かった。だから見た目には、木登りをしても大丈夫そうに見えたけど、実際には枯れているのだから、途中で折れてしまうかもしれないし、蛍は心配で、ずっと月を見ながら、どきどきしていた。

 そんな蛍とは違って、月はずっと笑顔で余裕があった。月は運動ができたし、(勉強はあんまりできなかったけど)片手が子供の鳥を持っていて使えないのに、すいすいと枯れ木をのぼっていった。

 そして、それからすぐに、月は鳥の巣の枝のところまでたどりついた。

 月はそっと子供の鳥を鳥の巣の中に戻してあげた。

「もう落ちるなよ。今度は助けてやらないからな」と月は笑って、子供の鳥に言った。

 よかったと思いながら、「小野くん。もう戻ってきなよ」と蛍は言った。

「わかった」と言って、月は枯れ木から降りはじめる。

 途中までは順調だったのだけど、今度は一度さっき登ったから油断したのか、月は途中で、「あ、やば」と言って、体のバランスを崩して、枯れ木の半分くらいの高さのところから、足を滑らせて落っこちた。

 ばたん! という大きな音がして、月は地面の上にそのまま落ちた。

 蛍はずっごくびっくりした。

 それからすぐに「ちょっと、大丈夫!?」と言いながら、月のところまで駆け足で移動した。

「いてて。思いっきり背中から落ちた」と背中の手で押させながら月は言った。月は枯れ木をのぼるためにランドセルを蛍に手渡していた。「こんなことなら、ずっと背負っておけばよかったよ」と蛍を見て、月は笑ってそう言った。

「ばか。なにやってるのよ! 本当に大丈夫? 怪我とかしてない?」と月の背中を見ながら、心配そうな顔をして蛍は言った。

「大丈夫だよ。そんなに高いところから落ちたわけじゃないからさ」と月は言った。

蛍は保健室にいく? それとも病院にする? と言ったのだけど、月は「大げさだな。高屋は。大丈夫って言っただろ?」と月は元気そうな顔で蛍に言った。

「大丈夫ならいいんだけどさ。本当に怪我していないの?」とまだ心配そうな顔をして蛍は言った。

「してないよ。背中、見せようか?」と月はいう。

「別にいいよ。見たくないし」と嫌そうな顔をして蛍は言った。

 それから二人はいつものように小学校から帰ることにした。

 蛍は月と「じゃあな。高屋。また明日学校で」と月が言って別れてからも、なんだか月のことが心配だった。

 でも、月は次の日も小学校で、いつも通りに元気そうにしていた。本当に大丈夫そうだった。

 そんな月を見て、よかった。とようやく蛍は安心することができた。

 蛍がなんとなく月のことを意識するようになったのは、そんなことがあった日からのことだった。

「え? 小野くん。違う中学校なの?」と驚いた顔をして蛍は言った。

「ああ。違うよ。公立じゃなくて私立の中学校にいくんだ」と月は言った。

 その月の言葉を聞いて、蛍は本当に驚いた。

 てっきり、月はみんなや蛍と一緒に、公立の中学校にいくものだと思っていたからだった。

「どうして?」と蛍は言った。

「どうしてって、スポーツ推薦があるからだよ」と月は言った。

「スポーツ推薦ってなんの?」

「なんのって、野球のだよ」と月は言った。

 確かに月は少年野球のすごいやつだという話は聞いたことがあった。でも、スポーツ推薦をもらえるほど、本当にすごいやつだとは蛍は知らなかったのだ。

「野球でスポーツ推薦もらえるくらいなのに、木登りして、落っこちてたらだめじゃん! 野球ができなくなったらどうするのよ!」と怒った顔で蛍は言った。

「木登りって、……、ああ、あのときの話か。そんなこともあったな。高屋。よく覚えてるな」と昔を思い出すようにして月は言った。

 それから蛍はいろんなことを(怒りながら)月に言ったのだけど、あんまりよくそのとき話したことは覚えていなかった。

 蛍が覚えていたのは、結局、月が違う中学校に行ってしまうことと、「じゃあ、またな」と言って蛍の前からいなくなった月のいつもの明るい笑顔だけだった。

 蛍はそんな月を思い出して、じゃあ、またな、じゃないよ。それも楽しそうに笑って言うなよ、と思った。

 それから三月になり、蛍は桜の咲く季節に小学校を卒業した。

 そして、来年度から、みんなと一緒に公立の中学校に通うことになった。

 卒業式の日。綺麗な黒髪をポニーテールにしている蛍は卒業証書の入った筒を持ったままで、校庭のすみっこにある枯れ木の前にたっていた。(ときおり、蛍のポニーテールが猫のしっぽみたいに揺れていた)

 どこにしようかと迷ったのだけど、まあここしかないかなと思った。

 枯れ木の枝の上には、今も鳥の巣があった。

 でも、下から見ているだけだけど、その鳥の巣の中に子供の鳥がいるのか、いないのかまではわからなかった。(少なくとも姿は見えなかったし、鳴き声も聞こえなかった。まるで留守の家のようだった)

「お、いたいた。大切な用事って、なんだよ、高屋。俺、このあと友達と一緒に遊ぶ約束があるからさ。なんでもいいけど早くしてくれよな」とのこのことなにも知らずに卒業式の終わりに、蛍と同じように卒業証書の入った筒をもったままの月が蛍のところにやってきた。

 そんな月を見て蛍はにっこりと笑った。

「なんだよ。もしかして、また鳥が落ちてたのか? もう木登りは勘弁してくれよな」と一度、枯れ木を見て、月は言った。

「木登りじゃないよ。子供の鳥は落ちてない」とにやにやしながら、蛍は言った。

「じゃあ、なんだよ?」とそんな蛍を見て、月は言った。

 これから蛍に恋の告白をされるとも知らないで、月はちょっと怒った顔をしている。

 びっくりしすぎて、また地面の上に倒れても知らないぞ。と思いながら、蛍は少しだけ、真面目な顔になって、月の近くにゆっくりと歩いて近づいていった。


 早く、大人になりたいな。


 蛍と月 ほたるとつき おわり

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