6話 感謝
「すぅ、すぅ」
目を覚ますと、私の隣には知らない女の子が、可愛い寝息をたてていた。
私と同い年ぐらいの女の子。
肩まで伸びたふわふわな髪。茶色に近い黒髪だ。
毛穴1つ見当たらない玉の肌。
小さい顔。
どこをとっても非の打ち所がない美少女だ。
「私・・・熊に襲われて・・・・」
そうだ、私は熊に突進されて気を失ったはずだ。
その後、どのようにして熊が血を流して倒れ、隣で美少女が寝ている状況になっているのか知らない。
いや、知っている。
途切れたはずの意識の中で、しっかりと耳が聞いていた。
「かのんっ――」
熊にとどめを刺されそうな私に、女の子がそう言った。
私の名前はカノだ。
11年前にこの世に生まれた女の子。
でも私には前世の記憶がある。
と言っても前世と言っていいのかも分からない。
それくらい、私にとって前世と今世は地続きであり、直線で続いているのだ。
なんせ、17歳・高校2年生の時に、トラックに轢かれた1秒後には赤ちゃんとなっていたから――――――――
前世の私の名前は百合木 花音。
私はトラックに轢かれて死ぬ(おそらく死んだのだろう)直前まで、親友の静菊と隣で歩いていた。
この親友の静菊は私が尊敬と感謝の念を抱いても抱ききれない人。
ハイパーサイメシア(超記憶症候群)であり、文武両道であった。
彼女は今でも私の死の瞬間を忘れられないでいるのだろう。本当に悪いことをした。
そんな私が彼女に絶大の尊敬と感謝を抱くようになったのは高校2年生のある日のことだ。
その日は化学の授業があった。
頭が良くない私は、何の実験をしているかも分からず、周りの子達の手伝いをしていた。
実験器具の割れる音がした。
同時に私の両手には激痛が走っていた。
何かの化学物質が私にかかってしまったのだろう。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」
悶える私にすぐさま駆け寄ってくれたのは静菊だった。
痛みにより朦朧とする意識の中、彼女の「大丈夫だよ」の声に安心したのを覚えている。
その後、彼女が行なってくれた応急処置により、軽い火傷で済んだことがわかった。
その日から、私は静菊に感謝し、尊敬し、そして――――――――
今私を助けてくれたこの女の子。
名前も知らない女の子。
でも、知っている。
心が覚えている。
この子は静菊だ。
また、助けてくれたんだ。
11年会えなかった親友と会うことができて、自然と涙が溢れる。
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「静菊、ねぇ静菊」
私を呼ぶ声に目を覚ます。
先ほどの女の子だ。
「あ、起きた。おはよう静菊。」
確かに私はシズヒだ。でも、この子の呼ぶ静菊はなんか違う。
懐かしい感じがする。
「ねぇ、久しぶり。 静菊。」
女の子が目尻に涙を浮かべながら笑顔でいう。
私はその瞬間、涙が溢れてきた。
この子は、目の前にいる女の子は、花音だ。
「か、花音んんんんんんん!」
止まらない涙を流しながら、私は彼女に抱きついた。
「私、辛かったんだからぁぁぁぁぁ」
「うん」
「あなたがいなくて、私、本当に辛かったのぉぉぉぉ」
「うん、ごめんね」
「もう絶対離さない。私の隣でずっといて。」
「うん、もちろん」
私たちはその後、何時間も抱き合い、お互いの再会を噛み締めた。