5話 戦闘
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
再び咆哮が聞こえてくる。
あまり時間がない。
「イカロスの翼」
次の瞬間、体に浮遊感を感じた。
私は黒い点に向かい精一杯の速度で飛ぶ。
やはりこちらの方が数倍速い。
今見える景色は1秒後には違う景色に変わっている。
まるで電車から外を眺めているように、景色が過ぎ去ってゆく。
黒い点はどんどん大きくなり、やがて私よりも三倍も大きくなった。
全長480cm程の黒い熊。
頭には黒いトサカのような物が付いており、胸には三日月の白い模様。
ツキノワグマみたいだ。
そんな感想を抱いていると、熊はなにかに向かって走り出す。
女の子だ。
女の子が倒れている。
また、あの日の光景が流れる。
女の子が花音に重なる。
「はぁ、はぁ」
自然と息が早くなる。
息が苦しい。
またあの日のように助けられないの?
また見ているだけ?
熊と女の子の距離が縮まっていく。
このままじゃ花音が死んじゃう。
いやだ。
いやだいやだいやだ。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだ。
「かのんっ――」
私は咄嗟に『平行脈・操』を繰り出していた。
細い、いくつかの葉脈が熊の足に刺さる。
熊の動きが停止する。
私はホッとしながら熊を見る。
お世辞にも効果があるとは思えない、足に刺さった葉脈。
蚊に刺された程度にもなっていないだろう。
動きを止めたのは私の声か。
熊はこちらをジロリと睨む。
くりくりの潤った、小さな瞳からは殺意のみが感じられる。
私は『鑑定』を行ってみる。
――――――――――――
名前:ツキノメグマ
スキル:『威嚇』『引っ掻く』『突進』
演繹:弱点は"下弦の月"
――――――――――――
弱点は"下弦の月"。
下弦の月とは、半円の"円"の部分が下に見える月。
胸の三日月のことだろう。
しかし私には攻撃手段が『平行脈・操』しかない。
ツキノメグマが諦めて帰るのを待つ?
誰か助けが来るのを願って待つ?
いや、いつ女の子が襲われてもおかしくない。
しかも、夜になり、暗くなってしまえば、勝ち目がなくなってしまう。
女の子を回収するのも難しいだろう。
やはり戦うしかない。
しかし、攻撃手段がほぼ無い今、戦っても無意味だ。
幸いツキノメグマはこちらを睨んで動かない。
『クイズ』を使おう。
《視力検査で使われるアルファベットのC字型のマークのことを、考案したスイスの眼科医の名前を取って何環というでしょう?》
「ランドルト環」
《正解です。スキル『強制ランドルト』を獲得しました。》
たぶんハズレスキルだ――――――
「!?」
な、何今の。
スキル取得と同時に体の中の何かが吸い取られた。
危うく意識を手放しかけた。
『クイズ』は何故かわからないけど無理だ。
先程手に入れた『強制ランドルト』に賭けるしかない。
「鑑定」
――――――――――――
スキル:強制ランドルト
効果:相手の指定した部分を、強制的に指定した方向に向かせることができます。
演繹:指定できる部分は、体全体から指先まで、細かい調整が可能です。
――――――――――――
これじゃあ攻撃ができない。
戦闘に使えるスキルを整理してみよう。
スキル:『イカロスの翼』『AEDショック』『平行脈・操』『強制ランドルト』
称号:『クナイの才能』『小山椒』
『クナイの才能』をどうにかして使えたら・・
葉脈を操作してクナイを作れないだろうか?
「平行脈・操」
「かはっ・・!」
やはり何かが吸い取られている。魔力か何かあるのか。
スキルは多様できない。
幸い、葉脈でクナイ型のものは作ることができた。
よし、行くぞ。
私は一目散にツキノメグマの懐まで飛んでゆく。
咄嗟の出来事に相手は反応できていない。
三日月の模様にクナイを切り込む。
「よし!えぐれた!」
喜ぶのもつかの間、相手は大きな咆哮をあげる。
「グオオオオオオオオっ」
自分の中の恐怖心が増幅されるのを感じた。
スキル欄にあった『威嚇』だろう。
「怖がってなんかられないっ!」
私は再び弱点にクナイを切り付ける。
「なっ!?」
相手に深い傷を与えると同時にクナイがボロボロになる。
葉脈をクナイの形に作り上げたものだ。耐久力があるはずもない。
攻撃手段がこれしかない私は、もう一度クナイを作る。
「っ・・・」
おそらく魔力・MPのようなものだろうか。
スキルを使用するたびに体から何かが吸い取られていく。
それでも私にはこれしかない。
私は斬り付けてはボロボロになるクナイを作り直す。
吸い取られていく何かに比例して、息が切れ、視界が悪くなってゆく。
「はぁ、はぁ・・・」
「グオオオオオオオオオ!」
「かはっ」
「グオオオオオオオオオっ」
「うぐっ!」
突進にぶつかり、爪で引っ掻かれ、満身創痍だ。
今にも意識を手放しそうになるのを堪える。
『小山椒』で防御力が上がっていなければ、とっくに死んでいただろう。
再び相手が突進してくる。
私は絶え絶えになっている息を大きく吸い、息を止める。
ツキノメグマが私にぶつかる瞬間、目と鼻の先まで近づいた瞬間、私は『強制ランドルト』で相手の両足を上方向に上げる。
強制的にバンザイのポーズをさせられたツキノメグマは弱点がガラ空きである。
「はあああああぁっ!」
三日月に向かって私は全力でクナイを振り切る。
「グオオオオオ、オオオ、オ、オ」
ばたん。
ツキノメグマは倒れた。
私はすぐさま女の子に駆け寄り、『AEDショック』を使う。
女の子が助かったのかは分からないが、私はもう瞼を開けていられなかった。
不安と安堵を抱えながら私は気絶した。
「しず・・ひ・・?」