1話 転生
私、桜庭 静菊は『ハイパーサイメシア』である。
自他共に誰が自分を語るとしても、これは外せないだろう。
ハイパーサイメシア ―― 『超記憶症候群』とも呼ばれ、見たもの全てを詳細に記憶し、過去の些細なことまで細かく覚えているという圧倒的な記憶力のことである。
誰もが羨み、その能力を手にしたいという願いは、国民的たぬき型ロボットアニメに登場するひみつ道具からも計り知ることができるだろう。
例えば、クイズや問題を出題されたなら、その答えはすぐに出すことができるだろう。
答えを知らなくても、圧倒的知識から解を導き出すことは容易いことである。
しかし、私にしてみればこの酷く憎い記憶力はそれほど良いものだとは思えない。
むしろ、いらない。
大切な、大切な友達が交通事故で轢かれたその瞬間の光景が、音が、匂いが、表情が――
今でも脳裏に焼き付いて離れない。
ちょうど1年前のその日を境に不登校になった私は、今、本屋から帰宅する最中だった。
今日も私の親友・花音が轢かれた道を渡る。
ひどく嫌な道に涙がでるが、家に帰るには避けては通れない。
「あ」
この匂い。フリージアの甘酸っぱい香りと雨の匂いが絡まり合って、私の鼻に入り込む。
同じだ。
何度も何度も体験したあの日の匂いに息ができない。
「おい!あぶな――
過呼吸になっている私に誰かが何かを言っている。
聞こえない。
あぁ。花音。花音。会いたいよ――
目を覚ます。
眼の前には美しい女性。
誰だろう?わからないけど安心感がある。
本当に美しい女性だ。
まるでロマノフ朝最後の皇帝・ニコライ二世の三女マリアのような。
その女性の艷やかな口から紡がれる心地よい子守唄に、私は意識を手放した。
1週間が経つと、色々と状況がつかめてきた。
これは漫画や小説でよく見たもの、異世界転生だ。
そして、こちらの世界でもあの光景は脳裏に焼き付いている。
異世界転生してもハイパーサイメシアなのだ。
だが、悪いことばかりではない。
1週間もすると、こちらの世界の両親が話している言語もわかるようになった(喋ることはできないが)。
知らない土地に知らない時代。
やはり知らない世界に来たのだ。
母や父の会話を聞く中で最も印象に残ったのは、
10才で与えられるという「神託」だ。
何でも10才になると、この世界の神なる存在から1つ『スキル』が与えられるそうだ。
ファンタジーの世界で生きることはとても魅力的にも感じるが。
ただ、私はうまく生きられないだろう。
脳裏に焼き付くあの記憶からは逃れられないのだろう――
今日で私・シズヒは10才を迎える。
今日まで愛情を込めて育ててくれた両親に感謝の言葉を告げ、祝ってくれる村の人達にも感謝を告げる。
そして深呼吸をし、目を瞑る。
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《スキル 「クイズ」 を獲得しました。》
――――え?