8 お見合い④ ~謎の助言~
エランダは何かを知っている様子?
カインとケットナーは彼女の言葉を信じるのだろうか
「逃げる? どうしてだ?」
「説明する時間はありません。どうか聞いてください。聞くだけで十分です。今から若候の前に現れる医師は、私を診ることもなく必ず『子供のころからの疾患でしょう』と診断してしまいます。病と知った優しい愚かな若候が私を看病しようと寝室に訪れるからです」
「寝室に?!」
エランダはそれを「罠です!」と言った。
「既成事実という名の、婚姻前の醜聞を広め、この婚姻を無理やりでも成功させてミンスの人間を伯爵家に入れるためです。しかし病は偽り。真の目的は、優しく愚かな若候に私のことを【小賢しい小細工を用いる女】だと刷り込むことです!」
「ちょっと待て。先程から貴様、若候に対し無礼な形容詞を使ってないか?!」
「お許しください、ケットナー様! 時間がないんです! 若候!」
――若候! エランダはサファイアの瞳に、なぜか涙をためて語尾強く訴えてきた。
「今の話を信じようが信じまいが構いません。必ず起きるからです。大事なことは……若候、どうか投げやりな婚姻だけは結ばないでください! それがケットナー様のためでもあるのです! ケットナー様を失っては生きていけません!」
「――――?!」
「エランダ嬢、いい加減に若候から離れよ! さもなくば」
さもなくば。ケットナーがそう言うより早く、エランダは俺から離れ――「ああ、もう隠れないと!」と、叫びの仕草を決めてから、慌ただしく応接間を出て行こうとし――。出かけたところで振り向いた。「言い忘れていました!」
「今日、ミラージから派遣された者たちがいましたよね! 何を問われても適当に誤魔化して知らぬ存ぜぬを通してくださいね!」
「おい待て。なぜミラージの件を知っている?!」
ケットナーが怒鳴ったが、彼女は「私は隠れます!」と同じことを繰り返し、
「夕刻、陽がテムズ山脈の狭間に落ちる頃。フレーテスム宮のサテランに私がいますから、もし私の言った通りになって、私のことが気になったら来てください!」
「おい、待てと言ったら待て!」
「サテランへは御二人で来られても結構ですから!」
慎ましやかな軍人令嬢の面影はどこへやら。叫ぶようにまくしたてた彼女はドレスの裾を摘まみ上げて猛然と部屋の外へと飛び出してしまった。
「ムムゥ……」とケットナーが憮然顔で唸り声をどもらせる。
「若候。この縁談はやはり危険かと。フレーテスム宮のサテランという呼び名は我々一部の者だけが使う愛称です。エランダ嬢、いえ、あの者は……あるいは間者やもしれません」
「どうかな……」
「若候?」
「………………」
俺はすぐには答えなかった。
エランダの、ひっかかる言葉を思い出す。
『それがケットナー様のためでもあるのです!」
サテランについては確かに怪しい。間者である可能性は否定できない。
だが、ケットナーのための婚姻だとか、そんなこと俺は誰にも言ってないし……何より、俺自身そこまで深くは考えてなかったからだ。しかし、言われてみれば図星だったりするから気になってしまう。
(夕刻。サテランに私はいます……か。奇抜な言い方だな。まるで自分の行動を第三者の視点で言っているようだ。ケットナーの言う通り彼女は何某の間者か……あるいは預言者か?)
【読心術が使えます】とか言うならお手上げだ。
彼女が部屋を去ってから間もなく。侍女が、エランダの専属医師を名乗る女医を連れて戻ってきた。
医師はエランダがどんな症状だったか俺たちに聞くこともなく、途端に顔を険しくして見せて、
「実は――エランダ様は御幼少期より、心の臓に病があるのです。おそらくそれが原因でしょう。今、持病を隠すため逃げたのだと存じ上げます」
「ほ、ほう……」
聞かされた俺とケットナーが驚くのも無理はない。
だってどう見ても、エランダの奇行と奇声は心臓とは関係ない病いだろ?
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