5 お見合い① ~フレーテスム宮の不穏な空気~
花嫁・エランダ・ミンスを迎える準備を始めるカイン若候と執事ケットナー
けれど奥方様たちの動きがやや不穏で・・・?
フレーテスム宮の執務室で、書類を持ったケットナーが俺に教えてくれる。
「まずミンス家は元は軍人家系。およそ100年ほど前に起きた戦乱で多大なる武功をあげたハルシフォン・ミンスという男の子孫にあたります」
「やはり軍人家系か」
士爵――騎士身分の家柄だ。
だがこれには重大な問題がある。軍人士族は、戦乱下では重宝されるが平和が続くと、常駐する家臣の養い費、馬などの武具を贖う費用が嵩み、貧困になるのが常だった。
娘を良家に嫁がせるのはよくある話だが、
「エランダ・ミンス嬢は士爵の者にしては珍しく学があるそうです。大変な無口だと」
「ほ、ほう……」
「料理が得意で、地方では……特にミンスが所有する軍内で評判だそうですね」
「それは珍しいな」
たいてい、軍人家系の娘は貴族の娘に比べて【品がない】【不調法】【態度が大きい】と罵られることが多いが、ケットナーの話ではエランダ嬢は慎ましやかで、母性溢れる令嬢のようである。
婚姻に反対するケットナーが侮蔑的な評価をするのは仕方ないとしても「俺にはぴったりじゃないか」と頷いた。
「よし」と俺は話を締めくくる。
「あとは吉日を選んでエランダ嬢をフレーテスム宮に迎えよう。服も新調して、庭はもちろん、彼女が寝泊まりする房も清めておかないとな」
「いささか張り切り過ぎでは? まだ【申し入れ】の段階ですよ?」
「伯爵家の4男坊の良いところを世間に知らしめるんだろ?」
「それは……そうですが……」
俺はそれ以上言わなかった。
(彼女に期待するのはケットナーや他の家臣の世話を含めた城内の切り盛りであって、身分じゃないんだよ)
まだどこか不満そうなケットナーを急かしすように命じてから、俺は執務室を後にする。
先日見た、夢のことなどすっかり頭から抜けていた。
☆ ☆ ☆
数日後。
ミンス家の馬車がもうすぐ到着する知らせが入り、俺はケットナーを連れて中庭に出た。
すると同時に俺とケットナーは中庭にいた警護兵、それと数人の侍女たちの姿が目に留まり、足を止める。
「あいつらは誰だ……?」
「いえ。私も知らされておりません」
見知らぬ顔の警護兵と侍女たちだった。
そんな顔も知らない者が、俺やケットナーの許可もなく堂々とフレーテスム宮に入れるはずないのだが…。
ひとりの侍女が走り寄ってきて、ケットナーに耳打ちをした。彼は「なるほど」と頷く。
「彼らは北宝宮からの派遣です」
「ミレージって……兄貴の房から?」
「いえ、兄上様ではなくその奥方、チェルシー様からの遣いです。祝いの経費で人手が足らないだろうと慮ってのことだと」
「そ、そうか。まあ……弟の婚姻事は自分たちの家系にも関わることだからな。中庭に人が多い方が見栄えもするだろうし」
俺は少しホッとしてしまう。
任せる、とは言われたから勝手に婚姻を進めていたが、ここまで一族に無視された婚姻だとどうにも不安でならなかった。
トラウマな北宝の人間というのは気になったが、厳格極まりない彼らのこと。祝い席ではいてくれた方が余計な恥はかかずに済みそうだ。
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