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4 花嫁候補は士族の令嬢?! ~エランダ・ミンスという嬢は~

(あらすじ)

花嫁を貰わないと分家(領地分け)してもらえないカイン。


ケットナーのためにも早く花嫁が欲しいのだが…


 ――俺に嫁は来てくれない。

 そんなことを考えながらケットナーと何となく中庭を散歩していると不意に、

「私にはわかりません」ケットナーがたずねてきた。


「私にはわかりません。花嫁はなくとも若候じゃっこうはれっきとした公爵家の男児です。なぜ父君より領地が与えられないのでしょう」


 以前、その話はしておいたがケットナーはすぐ忘れてしまうようだ。

 俺は再度説明する。


「嫁がいないということは跡継ぎがいないってことだ。公爵家の一族であっても跡継ぎが無い者に領地は任せられないのがこの国の慣わしだ」

「慣わしですか? 例外は?」

「例外はない。親父から領地をもらって【分家】になるからな。家族がいないんじゃ【家系】にならないんだ」

「なるほど…」


 例外があるとすれば名代だが、それはおおよそ貴族家に仕える将軍の役目で、そういう職位の割り当てが俺にあるとは思えない。


(せめて所帯を持って、都から離れた小領地を親父からもらって。そこでならケットナーも悪い噂から逃げられるだろう)


 割り当てられる領地は男児に産まれた段階で決まっていた。あとは嫁を貰い、家庭を作り、財産である領地を管理する。

 これがアルギス家の男の仕事だ。

 それだけのことだが、


「しかし、縁談が進まないんじゃ嫁も分家も夢のまた夢だな」


 つい、笑みをこぼしてしまう。

 今朝がた、縁談申し入れを断ってきた子爵家のラレェテは、そういう噂で判断するような子じゃないって思っていたが、俺の思い違いだったようだ。

 下手に伯爵家の銘柄をちらつかせてしまったのが逆効果だったかもしれない。


(やっぱり縁談を断られるのは心が痛いな)


 噂を気にしないように、諦めればいいと自分にいくら言い聞かせても、突きつけられた【最低な人間】という現実の看板レッテルに心が痛かった。

 ケットナーがいなければそうは思わなかったろうが、


「ははは。子爵家にも断られるようじゃ、俺もおしまいだな」

「……若候……」

「ケットナーも災難だよな。マジで今からでもへ戻っていいんだぜ?」


 最後の強がりとばかりに笑って、ポケットの中に手を突っ込み窓の外を眺める俺に。「――若候」


「実はひとつ、縁談が来ているのです」

「――来てるのか?」

「はい。数日前から来ていたのですが…」

「なぜ言ってくれなかった!」

「それは…その…」


 ケットナーは言いにくそうに続きを言った。


「相手は、ミンス家の長女です」

「ミンス家? 聞いたことがない家だな。どこの貴族だ?」

「い、いえ。貴族ではございません。ミンス家は士爵家です」

「…………士爵家からの縁談」


 正直、これはショックだった。

 余所よそ様の家柄をどうこう言える身分の俺ではないが、士爵は貴族であって貴族ではない。

 過去に功績をあげた武家か、文人か、それらを称えるための称号だ。

 しかも聞いたこともない家名とすれば、用件はただひとつ。


「結納を頂ければあらゆる条件をのむ、というのが相手方の要求です」

「………………」


 案の定、金目当てだった。

 いや、金目当てなのは何処いずれの家もお互い様。しかしこれは……24にもなって嫁を貰えず分家できない恥ずかしい伯爵家の4男坊の足元をみた婚姻申し入れだというのは見え見えだった。


の奥方様たちは何か言っていたか?」

「……若候に一任すると」

「申し入れを了承したのか」


 てっきり反対する……反対してくれるものだと思っていただけに、俺が言葉を失ってしまう。

 仮にも公爵家の子息だ。金目当ての当てつけ婚をやす々と了承する、そんな安っぽい家ではないはずだ。厳格さは俺の背や脛の傷が物語っている。


(そこまで……そこまで俺は見くびられているのか……)


 突きつけられる現実に俺はさすがに自尊心を傷つけられ、ポケットの中で拳を握りしめる。

 が、もっと憤っていたのは他でもない、ケットナーだった。


「断りましょう! 若候に対するかような侮辱……。いくら分家のためとはいえここは断りましょう!」


 ケットナーは、床についた拳を地面ごと揺らさんとばかりに震わせ。


「一切の迷いなく断りましょう。一欠ひとかけらとて迷わず、嫁が欲しいなどといった顔はつゆとも見せず、二つ返事で断ってみせましょう!」

「…………」

「世間にアルギス家の4男、カインロッド若候は安物ではないと知らしめてやりましょう!」


 …………。

 だが、不思議なこともあるものである。

 怒りは俺が持つはずなのにケットナーがここまで怒ってくれたこと。家族の誰にも持ったことのない感謝という気持ちを彼に抱いていた。

 ケットナーの言う通り本来ならばこれはすぐさま断らなければならない縁談申し入れだ。でなければ、次々と金に困った士族が申し入れを送って来て、また都の笑い者にされる。

 わかっている。わかってはいるが、

「そう怒んなよ」と、俺は体をケットナーに向けた。精一杯の作り笑いだが、偽の笑みじゃない。


「せっかく俺に嫁入りしてもいいって言ってくれた御令嬢だろ? 顔も見ない、話もしない内に断ってどうすんだよ」

「しかし若候! いくら何でもこの縁談は過ちです」

「俺のおふくろは」


 俺が呟くと、ケットナーもハッとし、言葉を止めた。でも続ける。


「俺のおふくろは身分こそあったが、金に困った人だった。親父とはまぎれもなく、誰の目にも明らかな金目当ての婚姻だ。それもわかってお袋は親父に嫁いだんだ」

「え、ええ……っ。ですので、奥方様が風評にさらされどのような想いをなさったか」

「それをあやまちって言うなよ。俺の噂を信じないお前がお袋の風評を気にしてどうすんだよ」

「……………………」


 ケットナーを説得しようとしたわけじゃない。風評の恐ろしさは身をもって知っている。

 だからこそこのケットナーのためにも、俺はこの屋敷フレーテスムを離れ、家庭を築き、風評を気にしないで暮らせるようにしてやりたいと思ったんだ。

 それに、女性というものに興味がまったくないわけでもない。


「いっそ世間が驚くほど暖かく迎えてみようぜ? ミンス家の長女はどんな女性なんだ? 名前は?」


 ケットナーは拳を解き、ゆっくり顔をあげた。


「エランダ・ミンス。歳は19です」

「いい名前じゃないか。花から取った名前かな。彼女のこと、知ってる範囲でいいから教えてくれよ」

「………………は、はあ」


 ややあって。

 ケットナーは「わかりました」と笑ってくれた。



お読みいただきありがとうございます。


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