11 イザナム妃とマゼンダ妃 ~命の危機~
ついにフレーテスム宮にやってきた公爵夫人イザナム妃と、寵妃マゼンダ。
カインは最高のもてなしをするが…
「間もなく、慮群公淑主と相妹君、マゼンダ妃がおいでになります」
昼刻の過ぎ、ミンス家の時より慌ただしい準備を終えたフレーテスム宮に、その報が入った。
廊下を隔てたあちこちから、その荘厳さに度肝を抜かれる声が聞こえてくる。
おそらく、フレーテスムに招かれたミンス家の侍女や世話係の者たちの声だろう。
何しろ、路に添える迎えの花でさえ、エランダ嬢一行を迎えた時の倍の数が用意されていたのだからである。
掃き清めたというよりは、磨き清められた廊下、そこを歩く御二方は、おおよそ、士爵に仕える者たちでは謁見もままならぬ御婦人たちなのだ。
しかし正直を言えば、これでもまだ足りないといえた。
廊下や庭園をどう清めて装飾しようとも彼女たちの纏うドレス、それらを飾る宝石ひとつの輝きに敵いはしないだろう。
やがて、
「――おなりです」
彼女たちがフレーテスム宮の門をくぐったという報を受け、俺のそばに控えていたケットナーが頭を垂れたまま、少しずつ距離を開けた。
指定された引見の間は、身内の者だけが使う部屋であり、付きの執事とて居座ることは許されない。
テーブルの上にあった葉茶の湯を入れ替え、最後の仕事を終えたケットナーは部屋を出て行った。
そしてその貴婦人は現れる。
「お久しぶりですね。カインさん」
親父の正妃――慮群公淑主こと、俺の継母にあたるイザナムフェル妃だ。
纏うドレスは生地だけではなく宝石そのもの。国土の半分を占める公爵所領の地から集められた極上の絹だ。
そして、同じく親父の妃にして、イザムル妃の妹となるマゼンダ妃が口を開いた。
「御妃様ならいざ知らず、私にまでたいそうなお出迎え。カインさんのお心遣いはたいへん胸に沁みましたわ」
イザナム妃とは対照的な(彼女の装いは貴重な素材でにして高価ではあるが慎ましやかさもある。対して)、華やかな――それこそ文字通り、咲き誇る薔薇を模したかのような――濃淡、色違いの紅の生地をふんだんに折り重ねたドレスを纏ったマゼンダ妃が、立ったままで待っていた俺をねぎらう。
無言で頭を下げ、なるべく目を合わさないように俯き続けるが、かと言って身内の会話に顔をまったく合わさないというのも無礼になるので、やや心持ち面を挙げて、
「恐れ多い言葉です」
短くそう返した。そして彼女たちが座るのを待つ。
順番は――まずイザナム妃、そしてマゼンダ妃、そのあと一礼した俺も椅子に座った。途端、
「まあ私ったら」マゼンダ妃が刃のように切れ長な瞳を細める。
「つい御妃様に続いて座ってしまいましたわ。本来なら、公爵家の男子であるカインさんが先にお座りにならねばならないのに」
「…………」
どう返事したものか迷っていると、イザナム妃は苦笑いをしてあらぬ方向を向いた。「良いのです」
「カインさんは妾の子。母親がいないので私の系譜に入っていますが、他の兄たちと同列ではありません。よく立場を弁えていらっしゃるのです」
はっきりそう言ってのけた。
事実、その通りな言葉に、安心したみたくマゼンダ妃は刃の如き鋭い切れ長な瞳をなごませ。「序列は大事ですものね」と、ホホッと笑みを浮かべた。
――イザナム妃がまとめてくれたが、こういった礼儀ひとつ間違えれば、後でどんな罪を着せられるかわかったものじゃない。それがケットナーの知らないこの伯爵家の厳しさだった。
「さて」と仕切り直すようにイザナム妃は口を開く。
「ミンス家の娘が突然倒れたとマゼンダから聞きました。命の危険は?」
「…………」
俺は彼女たちの臣下の如く顔を伏したまま……しばらく答えなかった。
返答に困ったわけではない。ただ彼女の言葉を考えていた。
『――知らぬ存ぜぬを』
俺はややあって。
「わかりません」
「わからない?」
実に意味不明な返事にイザナム妃はもちろん、マゼンダ妃まで怪訝な顔をした。
だが、真実でもある。
「わかりません。見合いの最中、彼女は退席しました。病だと聞かされましたがその後どうなったかはわかりません」
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