10 エランダ 対 北宝宮の妻室たち②
無礼な北宝宮の侍女にケットナーは怒るが…
侍女のいきなりな言葉に反応したのはケットナーだった。
「今日は若候の見合いの初日だぞ? 間違いないのか? おかしくはないか?」
「私に申されましてもお答えできません。これより半刻ほど後、御二方は此宮へいらっしゃるとのことです。それを伝えに参りました」
侍女の言葉にケットナーはかつてないほど激昂した。
「急すぎる! 親しき御身内であろうと御二方揃っての来宮。さような大事なことならばまず、私か執務官を通じて連絡するのが礼儀であろう!」
「では奥様方の御来宮、若候はお断りなさいますか?」
「なんだと! ――貴様!」
貴様、若候を脅す気か。
そう叫びかけたであろうケットナーを俺は「よせ」と止め、侍女に向かって謝罪する。
「すまなかった。ミレージと違い、フレーテスムは不調者ばかりですぐ取り乱してしまうんだ。母上様方々の来宮、心より喜ばしく思う。すみやかに準備させるゆえ少しばかり時間が欲しいと伝えてほしい」
「かしこまりました」
何か言いかけたケットナーを腕で制しながら俺は侍女が去るのを見送った。
彼女が去ってから
「若候! これは幾ら何でも無礼すぎます!」
ケットナーは鼻息を荒くする。
「よりによって今日の今刻に来宮されるなど。目下の士爵が相手とはいえ、今日は遠方から賓客あり。婚姻取り決めの御事があるのは全宮に周知したはずです」
彼が憤慨するのは当然だが「仕方ないだろう」と俺は溜息をついた。
「その婚約を申し入れてきた当エランダ嬢が倒れた。おおかた北宝の侍女か兵士から伝わったんだろう。ああ、なるほど馬で伝えたのか」
納得する俺に対し、ケットナーは「問題はその兵です!」とさらに声を荒げる。
「人手が足りぬゆえ侍女を派遣してくるのはまだわかりますが、剣を持った兵士を無断でフレーテスム宮へ送り付けてくるのは若候を侮りすぎです。
御二方が来宮されるのは、ええ、致し方ないと言っても、これらのことは断固抗議すべきです! でなければ若候の名節が穢れ、公爵宮殿の中で軽んじられます!」
言いたい事はよくわかった。
ただ、軽んじられるも何もとっくのとうに俺は腑抜けで有名である。否定しようにも否定できないボンクラだ。
それより気になることが他にある。
周囲に誰もいないことを確認し、「そう怒鳴るな」とケットナーの声を静めた。
「ミンス家との見合いを妃たちにどう扱われても、元々あってないような縁談なんだろ? お前も言っていたじゃないか」
「しかし!」
「とにかく怒鳴るな。妃は俺の母親も同然だ。不平不満は公爵家への【不忠の罪】で罰せられる」
「若候もれっきとした、正当な公爵家の男子。主の一人です」
「言うな。この件についての話は終わりだ」
俺は奥様方の罪に対する厳格さをよく知っている。妾に等しい子にして出来損ないの俺が逆らおうものならフレーテスム宮は壊滅だ。情けない話だが、俺ではケットナーを守ってやれない。これが本音だ。
しかし本音以上にあの時の言葉、
『北宝の者が何を問うても知らぬ存ぜぬを通してくださいね!』
――知らぬ存ぜぬをな。
俺の脳裏にはずっと、エランダ嬢が去り際に叫んだ言葉が木霊し、鳴り響いていた。
(彼女が言った北宝の者というのは、その主であるマゼンダ妃も含まれているのだろうか)
いずれにせよ、彼女らがフレーテスム宮へやって来るというのならやることは一つである。
「御二方をお迎えする準備をしろ。ミンス家の者よりも丁重に、な」
「それは恥の上塗りです!」
「反論するなと言った。彼女たちは屋敷内で最も優先されるべき存在だ。俺に仕えてくれるならこれを機会にお前も覚えておけ。早く手配するんだ」
「…………承知……いたしました……」
執事ひとりを説得するにも四苦八苦か、本当に情けない話だ。
心底、そう思う。
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