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ずる賢くて、愛おしい

「最近楓、来ないね」


 昼ごはんをいつものグループで食べているとき、グループの1人、天音沙耶は言った。

 私を含め、他2人の友人はその言葉に動きを止める。

 

「みんな黙っちゃって、変だよこんなの。」


 沙耶がむすっとした顔で弁当の唐揚げを口に放り込む。楓が一緒にご飯を食べなくなってから、もう一週間近く経つ。それまではずっと一緒に食べていたのだから、沙耶の気持ちは痛いほど分かる。


「..真司君の一件でしょ。気まずいんだよ、楓も。」


 もう1人の友人、片桐優奈が言う。

 楓が、真司を振った。そのことは一瞬で広まり、その日からクラスでは、変な空気が流れた。私たちのグループは真司達男子グループとも仲が良い。楓がここに顔を見せなくなるのは、その時点で必然だった。


「ちょっとはしゃぎ過ぎたよね、私たち」


 つい言葉が漏れてしまう。真司と付き合ったと聞いた時、彼氏を作るタイプじゃ無いような楓が!?と興奮してしまい、真司の告白を何度も振っていたのも知ってたのに無条件で祝福して、楓の言葉に耳を傾けることが出来なかった。多分それは、ここにいる皆んなが感じていることだ。


「そうだよね..」


 優奈が俯きながら言葉をこぼす。さっきまでは不満気味だった沙耶も、暗い表情で手を止めている。


「やっぱり、謝りに行った方がいいのかな..」


 沙耶がか細い声で言う。


「でも楓、最近凄いスッキリした顔してるんだよ。..良いのかな、私たちが顔を見せて。」


 優奈が言う通り、最近授業中に見る楓は、どこか吹っ切れたような、そんな顔をしていることが多い。でもやっぱり、陰りだって見える。それが私たちに関係することなのか、別のことなのかは分からないけど。


「でもやっぱり、謝った方がいいと思う。」


 嫌われても、傷つけても、ここで謝らなかったら終わってしまう。私はもう一度、楓と話がしたい。


「そっか...じゃあそうしよ。」


 優奈が、少し笑顔になる。楓と話がしたかったのは、優奈も、沙耶も同じだ。


「最近は楓、杏奈と食べてるんでしょ?」

「そうっぽいね。一緒に教室出ていくし。」

「今直ぐは悪いか。放課後にしよ。」

「うん。私メッセで言っとく。」

「ありがと。」


 3人で顔を見合わせる。見慣れた顔、2人とも大好き。でもやっぱり、もう1人足りない。


 3時間後、チャイムがなり、下校時間になる。今日は殆どの部活がオフだから、続々とクラスから人が出ていく。

 数十分後、教室に居るのは、私と沙耶と優奈、そして、楓だけになった。

 楓は少し俯きながら、私たちの方に近づいてくる。楓の手が、唇が、震えているのが分かる。楓がゆっくりと口を開く。


「ごめん。」


 楓が言葉を発する前に、私たちは同時にそう言った。


「え..?」


 困惑した表情をする楓。


「..私たち、楓の気持ち考えてなかった。真司とのこと、しつこく言って本当ごめん。」


「そんな...全然良いよ。こっちこそ....お祝いしてくれたのにこんなことになって、クラスも変な空気になって、迷惑かけちゃってごめん。」


「ううん。真司がしつこかったって聞いてたもん。でも何も考えず、付き合ったことだけで判断しちゃってた私達が悪い。本当は、嫌だったんだよね。」


「悪く無いよ...私の方がよっぽど..」


 涙目になりながら、楓は言葉を搾り出そうとする。そんな楓を、私達は自然と抱きしめていた。


「謝らないで...お願い。」


 数分間抱き合い、楓の表情はゆっくりと柔らかくなっていった。


「あのね...違うの。違うんだよ..」


 私たちに抱かれたまま、楓が言う。


「何が違うの?」


 楓は言葉を絞り出すように、掠れた声で続ける。


「確かに真司にはしつこく告白されてたけど、私は私の意思で、付き合おうと思って付き合ったの。」


 驚きだった。


「そうなの..?」


 楓は頷きなら続けた。


「私ね、ずっと好きな人がいるの。本当はね、私、その人に意識させたくて真司と付き合うことにしたんだ。」


「え..」


「引くでしょ?最低なんだ、私。」


 楓が、自虐的に微笑みながら言う。


「正直、ちょっと引くかも。でも..」


 私たちは顔を見合わせる。沙耶も、優奈も、きっとこう思った。なんて小賢しくて、可愛い子なんだろう。

 真司の告白に辟易していたのは事実だろう。でも楓は、それをうまく利用したんだ。

 私たちはもう一度、楓を深く抱きしめた。


「私たち、友達に戻れるかな?」


 沙耶が言う。


「出会ってから友達じゃなくなったことなんてないよ。」


 そう楓は答える。

 今度は、私たちの目に涙が浮かんでしまう。


「良かったら今度、好きな人のこと話して。今度は茶化したり、変に興奮したりしないから。」


 優奈が言う。


「うん。勿論。」


「また、お昼も一緒に食べようね。」


 私の言葉を聞いた楓は、可愛い顔で微笑む


「うん。絶対ね。でも今は考えることが出来ちゃったから、すぐには行けないかも。杏奈とももっと話したいし。」


「分かった。待ってる。一段落したら、杏奈さんも誘っていつものとこに来て。」


「うん。」


「それじゃ。」


 楓はそう言うと、机に置いた鞄を持ち上げ、教室を去った。


「やっぱりちょっと変わったね、楓」

「うん」

「凄い、かっこよくなった。」

「可愛さも増した」

「羨ましいな〜。楓に好かれてる人。」

「ね。」


 そんなことを話しながら、私達も鞄を肩にかける。

 楓の好きな人。楓は、ずっと好きだったと言った。それで見当がついた。1人だけ、きっとその子なんだろうなって人がいる。

 結局私は、楓の気持ちが分かっていなかった。今度こそ理解して、応援してあげたい。そんな自分勝手な思いをもって、私は2人と教室を後にした。


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