告白される幼馴染と、ある悪意。(前編)
午前0時10分。私は千弥の家の玄関に立った。
「じゃあ、..また。」
「うん。またね。」
千弥が手を振り、振り返す。背を向け歩き出す。玄関をくぐり、前にある道路を少し歩けば私の家。
「ただいま。」
「おかえりー」
奥から母の声。靴を脱ぎ、家へ上がる。
「どうだった?久しぶりの千弥くんの家は。」
ニヤニヤしながら母が聞いてくる。..結構うざい。
「..別に。」
「あっ!なんかあったんでしょ!」
「ないよっ!」
ダル絡みしてくる母親を置いて、2階にある自分の部屋へ上がる。ドアを開け、ベットにダイブ。
今日昨日と、あまりにも色々ありすぎた。まあ、その全部が嬉しい事だったんだけど。この2日で、改めて分かったことがある。
私は、千弥のことが好きだということ。そして、今更それに気づいたところで、もう遅いということ。
小学5年生の頃、段々と皆んなが異性の存在をしっかり意識し始める頃。それまでずっと一緒にいた私と千弥も、例には漏れなかった。周りの子から揶揄われたり、私自身も千弥のことが以前よりずっと気になり始めた。
それから私たちは自然と話さなくなっていく。勿論小学校の頃はまだそこそこ話していたけれど、お互いの家に行くことなどは本当に少なくなった。
中学生になると、話す事もなくなってしまった。時間が経てば経つほど、意識すればするほど話しかけるハードルが上がる。高校生になった時には、私は千弥と会っても会釈する事すらできなくなってしまっていた。
そんな時だ。彼から、同じクラスの真也から告白を受けたのは。
「付き合って欲しい。」
すごく、驚いた。告白されたのなんて初めてだったから。それと同時に、自分が千弥以外の男子の存在をあまり意識したことがない、ということに気づいた。そして今も、それは昔と同じだということも。
告白は、断った。
でも、彼は全く諦める気配を見せなかった。聞くところによると私の友人達が、私が照れているだけなどと真也に言っているらしい。その後その子達にそうじゃないと言ったが、それすらもそういう解釈をされてしまった。まさに負のループと言ったところだ。
「ねぇ、好きなんでしょ?俺のこと。」
「だから違うって言ってるでしょ。あの子達が勝手に言ってることだよ?なんで信じてくれないの?」
「大丈夫だって。」
何が大丈夫なんだろう。理解できないし、本当にやめて欲しい。教室の角の方の席、椅子に座って友達と喋っている千弥を見る。千弥は、今日も私を見ない。
数週間後、
「なあ、もういい加減素直になったら?」
「付き合おうよ。お試しでいいからさ。」
これで、遠回しなのも含めて9回目、いや10回目か。
何度も何度も、理由を説明してきっぱり断ってきた。誠心誠意、気持ちを伝えた。それでも懲りずに告白してくるこの人は、たぶん私の気持ちなんて関係ないんだろう。
もしかしたらただ、彼女という存在そのものが欲しいだけなんじゃないか、とまでさえ思ってしまう。
いつものように、否定しようとした。
その時だ。真也が立っている後ろに、千弥がいるのが見えたのは。一瞬、彼が私の方を見た気がした。
深くなんて考えなかった。いわば勘のような可能性。あまりにも衝動的な思考が、私の心の奥深くで芽吹いた。芽吹いてしまった。
「私、絶対あなたのこと好きにならない。だから話す以上の事はしないし、すぐ別れることになると思う。」
「その上で、お試しって事。あなたは、それでも私と付き合う?」
「ああ。楓の今の気持ちなんてどうでもいい。好きにさせる。」
真也は、思っていた以上に早く答えを出した。それだけ本当に、私のことが好きでいてくれるのかもしれない。
罪悪感が募っていく。こんな事、今すぐやめた方がいいんじゃないか。
でも、この時はそれ以上に、千弥のことで頭がいっぱいだったんだ。
「じゃあ..そういうことで。」
「まじか..めっちゃ嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい!」
「..そう.」
「早く..報告!!」
そう言うと、真也は走って教室を出て行ってしまった。
..本当に悪いことをしてしまった。幾ら彼がしつこかったとは言え、今回のことを了承した私の中には、悪意があった。
そもそも私はこんな事をして彼に..千弥に、どう意識してもらいたいんだろう。そんな風に意識させたって、何にもならない..もっと嫌われるだけだって分かってるのに..
やっぱり..すぐに行って...
そうしなければいけないのが分かっていても、私の体は動こうとしない。
どうなってもいいから、千弥に私を見てもらいたい。もう一度だけ、私を見て欲しい。
そんなちっぽけで、代償に誰かを傷つけるような歪んだ思考。
自分の性格の悪さが嫌になる。自分の心がどれだけ汚れているか、鮮明に分かってしまう。
完全下校を知らせる音楽が、教室内のスピーカーから流れ始める。
私の中で、汚れた考えが他の葛藤に打ち勝ったのが、その時確かに分かった。
次回投稿は今月の6、7日になると思います。