数年間喋っていなかった幼馴染が、俺の部屋に入り浸るようになった。
「疲れたぁ..入れてくれぇ」
「ほんとに..来たんだな..」
時刻は19時。俺が玄関のドアを開けると、部活で疲れへとへとの幼馴染、戸森楓が壁に手をついて立っていた。
「とりあえず..入って。」
「随分と重い感じだね。どしたの?」
「いいからいいから。」
「はいはい。おじゃましまーす。」
「今、親いないから。」
「へっ..!?」
楓がその場に立ち尽くす。あ、まずい。親がいないからリビングで話そうと言おうとしたのに、変なとこで区切ったせいで変な意味に聞こえてしまったらしい。
「へ..変な意味じゃないから!!」
必死の弁解。
「そ、そうだよね。そうだよね..そうだよね」
そうだよねbotになってしまう楓。本当に悪い誤解をさせてしまった。
「とりあえずリビング行こう。本当ごめん。」
「い..いーよ、ほんとに」
リビングまで移動し、普段家族の食事などに使っている場所に2人で座る。
「それでなんだけど」
「うん。」
「俺たちやっぱり、少し前までと同じ関係で居るべきだと思うんだ。」
「え..?」
昨日、俺から楓に話しかけた。しかも数年ぶりに。それは元々楓の彼氏に色々とムカついたからなんだけど、多分それは口実でしかない。結局のところ、俺は楓と話したかったんだ。そして、楓に彼氏ができたのが嫌だったからだ。
でもやっぱり、こんなことは間違いだった。楓は俺に優しくしてくれたけど、周りはそれを変な目でしか見ない。ただただ楓の株が下がっていってしまう。
何もかも自分勝手だけど、結局俺には昔の様に楓と仲良く居ることなんて、出来ないんだ。
「なんでさぁ...ねえ..なんでぇ..」
正面に座った楓が、泣いていた。
なんで..
「せっかくまた一緒になれたのに..せっかく喋れる様になったのに..どうして...」
「でも..」
「小6くらいから段々話さなくなっていって..中学生になったら全く話さなくなって..でも昨日、千弥が話しかけてくれて..本当に嬉しかったんだよ..?」
「...」
「また離れるなんて嫌だ..絶対嫌だからぁ..」
なぜ分からなかったんだろう。小さい頃の俺と楓は本当に仲が良くて、ずっと一緒にいた。ずっと一緒にいるものだと思ってた。だから、話さなくなっていった時は本当に辛かった。もう心は繋がっていないんだと思ったから。
楓も同じだったんだ。俺と同じように、あの頃が楽しくて、また話すことを望んでいてくれたんだ。
また話さなくなるなんて、俺たちにはもう無理だ。
「でも..俺と仲良くしてたら...楓彼氏いるんだし..今日の見ただろ?」
「別れるよぉ!」
「そんなの..だめだよ..」
確かに楓と真也は今お試しの関係。楓は元々別れるつもりだったと言っていた。でも..今別れたら周りはどう思う? 恐らくそれは、考えうる最悪の状況を招くことになる。
ならどうするべきか..
「じゃあ..皆んなの前では前と同じになろうよ。それなら良くない..?」
「そう..だな。俺もそれが良いと思う。」
本当は全部前と同じ関係になるべきなんだろうけど、楓の涙と、それを見て湧き上がった感情を前にしては、それはできるはずもなかった。
「ほんと!?じゃあ、ここにまた来て良いってことだよね!?」
「..うん。その...是非、来て欲しい。」
自分でも頬が熱くなるのがわかる。気持ち悪いなぁ俺..でも..仕方ないじゃないか。ほんとに来て欲しいんだから。
「あれ..照れてる?可愛いなぁ〜千弥君はぁ!」
こいつ..急に元気になりやがった。
「楓も泣いてる時より元気な時の方が可愛いよ。」
「はっ.はぁ!?デリカシー無さすぎ!!」
「..ごめん。」
「いいよ..?別にぃ.」
そう言うと楓はヘナヘナと机の下に顔を隠していく。
「その、どうする?今日はもう帰るか?」
「..帰るわけないじゃん。昨日の巻まだ読み終わってないし。」
「漫画かよ。」
「じゃあ千弥の部屋行っていい?」
「良いよ。」
俺の部屋に入るなり、楓は棚から漫画を引っ張り出し俺のベッドに寝っ転がった。
「それ..男のベッドだぞ?」
「知ってるけど。」
「俺のだぞ..?」
「知ってるけど。」
しばらくの沈黙。ま、いっか。俺は床にでも座ろう。そう思った時。
「なんだよぉ..しょうがないなぁ。」
楓はそう言うと、横になったままベッドの端へぐるぐると回り移動した。
それだとベッドの縦のスペースしかできない。楓は寝っ転がったままだし、もし俺がそこに寝たら添い寝...
やめておこう。変な妄想は身を滅ぼすと言うしな。
「..やっぱ床でいいわ。」
「....そぉ?でもなんだか悪いなぁ、来なさい。」
楓が漫画を置き、寝転がったまま手を開く。まずい。本当にまずい。理性にマックスステ振りしなきゃ、乗り越えられない。
「不健全だ...」
「そぉ?昔はハグなんて毎日のようにしてたけど。」
「そんなにしてないだろ!」
「私、ハグした事あるの親と千弥だけなんだ。どお?」
「どおって..言われましても。不健全。」
「健全でしょ!だっていち..」
「いち?」
「っ..まぁとにかく、ベッドはやるよ!」
急に楓は立ち上がり、床に降りてくる。なんなんだこいつは。
「なんだか、罪悪感があるな。」
「じゃあ一緒に寝る?」
「何言ってるんだ。もういい、俺も床で。」
「なるほど、一緒がいいんだ。」
「そうじゃないから!」
どうせなら、もっと早くこうしていればなんて思ってしまう。こんなに楽しくて、幸せで。..明日何が起こるか分からんな。
ふと、楓が漫画を読む手を止めた。
「なんで...話しかけてくれなかったのさ.今まで。」
「..それはお前もだろ。」
「ほんと..そうだよね...なんで、話さなかったんだろうね。こんなに..こんなに楽しいのに。」
「..そうだな。」
俺たちを取り巻く環境..交友関係の違い、恥ずかしさ、
俺たちが話さなくなったのは、当たり前と言えば当たり前だったのかもしれない。このまま、一生話さない人生もあったのかもしれない。
でも今はもう違う。俺たちはまた、前に進める。
と言っても、何処へ進むのかは分からないけど。
ただ、俺たちの中で止まっていた何かが動き出したのは紛れもない事実だった。
続きます