幼馴染と数年ぶりに話した
午後5時。1日の授業が終わり、部活がある者は部活に行き、ない者は家に帰る時間。勿論俺は後者で、友人の裕志は前者だ。ちなみに、意外なことに裕志は運動部ではなく茶道部。前何故か聞いた時は何も答えてくれなかった。たぶん好きな人でもいるんだと思う。
「それじゃ。」
「おう。頑張れよ。」
「最後になんだけど、来ると思うか..?」
「来ない。」
「ですよね。」
「まあどっちにしろ、楓さんは部活あるんだし、仮眠でもしとけば?」
「..だな。」
楓はテニス部に入っている。終わるのは大体6時とか7時くらいだろう。もし彼氏とイチャコラしているなら、多分もっと遅く...無駄なことを考えるのはやめよう。メモリの無駄遣いである、
早く帰って寝よう。そんなことを思いながら、帰路に着くことにした。
「ねえ、...ねえってば。」
声が聞こえる。聞き覚えのある声。
...楓?
..そんなわけないか。寝よ。
「起きて!」
「いたっ..」
頬をつねられた感触。痛みで目が覚め、視界が開けた。ベッドの横に、誰かが座っているのが見える。
「母さん..?」
「ちがいます。」
「父さん..?」
「ちがいます。」
「じゃあ誰..」
「戸森楓。」
戸森楓..?確かに呼んだけど..
ポケットに入っていたスマホを取り出し、時間を確認する。
やっぱり。時刻は午後6時11分を指している。学校を出て電車に乗り、家に着いたのが確か5時40分ごろ。それから30分ほどしか寝ていない。
つまり、楓は部活があるからこんな時間にここに来れるはずがないのだ。つまり、これは俺の幻覚か夢ということになる。
「悲しいなぁ..」
「なにがよ。」
とにかく、もう一度寝よう。たとえここが夢の中だったとしても。
「あっ!!何でまた布団の中に!」
外からくぐもった声が聞こえる。
「だってお前偽物じゃん。おやすみ。」
「はあ!?偽物ってどうゆうこと!?私は正真正銘戸森楓なのに!!」
「戸森楓は今部活中なんだよなあ..やるからにはちゃんと再現してもらわないと..」
「休んできたよ!!」
「ふ〜ん...え?」
反射的に体を起こす。そこには、先程と同じ位置に、先程と同じ人影があった。
「来て..くれたのか...?」
「何急に。千弥が呼んだんじゃん。」
「そうだけど..」
目の前がどんどん鮮明になっていく。目の前に座る幼馴染、戸森楓の姿も。
黒髪ショートで、比較的幼い顔立ち。可愛いとも、綺麗ともとれる、そんな人間。こんなに近くで彼女を見たのは、多分小学生の時以来だ。
「や。ちゃんと目が覚めたみたいだね。」
「まぁ..」
「家に来いなんて言っといて自分は寝るなんて、随分良い度胸してるじゃん。」
「部活終わる時間くらいには起きるつもりだったし。それに..来ないと思ったからな。」
「なんで?」
「だってお前彼氏いるし。しかも日陰者で、小学校以来話してない奴の誘いなんて普通受けるとは思わない。」
「でも、来たよ?」
「うっ..まあそうだな。」
「私が来て嬉しい?」
「何だよその質問..」
「いいからいいから」
嬉しくないわけない..自分を偽りたくなかった。
「嬉しいよ。」
途端に楓が背を向ける。..バカにしてんのかこいつ。
「..何も笑わなくて良いだろ。」
「笑ってなんかないよ.」
そう言いながら楓が振り向く。その割には、随分とニヤついている。
「正直ものだね。よしよし!」
楓が俺の頭を勢いよく撫でる。
「やめろよ髪が乱れる。」
「もともとボサボサじゃん。」
「..とにかくだめだ!」
「わーったよ.急に大きな声出さないで。」
「ごめん..」
あのまま続けられていたら、多分何も考えられなくなっていた。それでも別に良かったんだけど.
「それで?3、4年ぶり?」
「そんくらいだろ。」
「本当、色々言いたいことあるんだけど。」
「俺だってあるよ。なにせそんだけの間喋ってなかったんだし。」
「..じゃあなんで急に?」
「なんでって..」
俺にだってよくわからない。ただ..
どう言葉を伝おうと悩んでいると、楓がニヤッと微笑んだ。
「そっかー。私に彼氏ができたから寂しくなっちゃったんだ?」
どう答えるべきか。その答えは俺もよく分からない。でも、揶揄われたままでは終われないと思った。
もう、どうにでもなればいっか。
「ほんと、そんな感じ。」
楓のポカーンとした顔。元々静かなはずの俺の部屋に、更なる静けさが訪れる。確実にまずったし、本当に恥ずかしくなってくる。なにが、ほんとそんな感じだ...
数十秒いや、1分以上経ったかもしれない。ようやく、楓が口を開いた。
「そ、そっかー。まじで正直ものなんだぁ..」
そう言いながら楓は再び俺に背を向け座り直す。部屋は狭いので顔と壁が接触しそうだ。
確実に..引かれた。
「いやあの..そういうことではないっていうか..冗談みたいな..いや冗談ではないんだけど..」
「...」
まずい。喋れば喋るほどボロが出てしまう。これは、確実に終わった。
多分5分後。本当はそれより長いか、短いかも分からない。時間の感覚すらおかしくなってしまった。
楓がゆっくりと立ち上がる。壁を向いたまま。
帰るのか..当たり前だよな。キモすぎて絶句していたが、冷静を何とか取り戻し早くこの場から立ち去りたいんだろう。俺から帰りの挨拶を言えば帰りやすいだろう。
「じゃぁな..その..なんかごめん。」
楓がゆっくりとこちらを、俺の方に振り向く。心なしか、息が荒くなっているだろうか。..相当お怒りだ。
「まだ..帰らないけど。」
「えっ...そうなの??」
まさかの言葉。ここまでキモいこと言われて尚ここに立てるなんて..ツワモノである。
楓は俺から目を逸らし、部屋を見渡す。
「それにしても、昔から随分と変わったよね〜。なんてゆうか、オタク部屋っていうの?」
確かに、昔俺の部屋で遊んでいた時はこんなんじゃなかったかもしれない。こんなんと言っても、少しだけフィギュアやプラモデル、dvdなどが陳列してあるだけだ。
「ふつーな方だよ。皆んなこれくらいだろ。」
「んなことないよぉ。こういうの見たら、引いちゃう人もいそーだよ?。」
「..彼氏の部屋はもっとイケてるか?」
「なっ...」
まずい。ついつい言ってしまった。プライバシー侵害すぎる質問。訴えられてもおかしくないかもしれない。でも正直、少し気になる気持ちはある..
楓はもう、あいつの部屋に入ったことがあるんだろうか。
「入ったことない。一回たりとも、ない。」
「へ..へー..」
心のどこかで期待してしまっていた返事。
平静を装えただろうか....本当は、めちゃくちゃ嬉しかった。
何故そう思うのか、自分でもそろそろ気づかざるをえなくなってきている。
「あ!この漫画!私ちょっと気になってたんだよね!」
楓は部屋の隅にある本棚を指差し言う。あそこに入ってるのは確か..最近買っているラブコメ漫画だ。ジャンルではsfが一番好きだが、誰にでもほっこりした現実逃避をしたい時がある。だから買っている。
「楓も漫画とか読むんだな。」
「?そりゃ読むでしょ。誰だって読むよ?」
「いや、楓ほどになると漫画なんて読む暇ないんじゃないかなーって。」
「なにそれ。私ね、千弥が思ってるほどリアル満喫してないし。」
「嘘つけ。あんだけ人気でかつ彼氏もいて、どの口が言うんだ。」
「まあ..ね。でも、私は満足してないかな。」
「お前...どんだけだよ...高望みしすぎると足元掬われるぞ?」
「うっさい。今はこんなになっちゃってるけど、私は昔の方が良かったの!」
「昔?」
「あっ..ともかく!今の世界はなにも私が望んでなったものじゃないってこと!」
「そんな主人公みたいな...てか、じゃあさ..」
「なに?」
「彼氏とかも..望んだわけじゃないってこと?」
言ってしまった。ノンデリカシーとかそういうレベルではない。楓があの彼氏のことを好きなら、この質問は最低で最悪なものだ。でも、ほんの一握りの可能性を手放したくなかった。自分の性格の悪さに、現実を受け入れられない自分に嫌気がさす。
..謝ろう。
「ごめん!やっぱ今のなし。本当ごめん。悪かった。」
「望んでないよ。」
「え...?」
かがんで、さっきの漫画を棚から取り出しながら楓は言った。
「でもあの人しつこいし、みんな囃し立てるし、じゃあとりあえずお試しでって言って付き合ってる。」
「そうだったのか..」
彼氏がしつこかったというのと、皆んなが囃し立てたと言うのは裕志から聞いていたが、お試しという段階だったとは。
「でも、少し知ってた。告白何回か断ったってのも。」
「なんだ。分かってるんじゃん。性格わるわるじゃんよ」
「ごめん..でも、あいつのこともう好きかもしれないだろ?あいつかっこいいし。」
「好きじゃないよ。これっぽっちもね。」
「お試しとはいえ、彼氏への好意否定するお前も随分性格悪いな。」
「かもね。でも、ほんとにしつこかったんだから。外堀埋められて、仮陥落ってとこ。まああいつ含め皆んなの熱が冷めてきたら別れるつもり。」
「冷めるなんてことないんじゃないか?自分がどんだけ人気かわかってんの?」
「ま、あ、ね。オタクくんとは違いますから」
「お前..」
「でも、私があいつのこと好きじゃないってわかって、嬉しい?」
声が出ない。それを言ったら、全てを認めてしまうことになる。あいつと楓が別れても、俺と一緒になってくれる可能性なんてあるはずがないのに。
時間が流れれば流れるほど、それは肯定の意味を強めていってしまう。
なにか...言わないと..
「入るわよー。」
ガチャ という音がして、母さんが部屋に入ってきてしまった。楓を見ると、漫画を即座に開き読み始めている。器用なやつだ。
「これお茶とお菓子ね。置いとくわよー」
「ありがとうございます!」
楓が本から顔をあげ礼を言う。
「いえいえ。おばさん懐かしいわ〜。中学くらいからお互いの家行ったりしてないでしょ?」
「そうですね〜。千弥が全く話しかけてこなくなっちゃって。」
「な..!お前の方だろそれは!」
「仲睦まじくて結構よ。千弥、楓ちゃんと話したいーっていつもぼやいてたもんねぇ」
「えっ!?」
楓が口に手を当てる。このばばなんて嘘を..
まぁ俺もそう思ってはいたのかもしれないけど..
「そんなこと言ってない!!早よ下へ行け!!」
「あらあら。じゃあね〜。」
そう言うと、母さんは扉を閉め、階段を下っていった。
「千弥...やっぱり..」
「違うから!!あいつの嘘だって!」
「お母さんのことあいつなんて言ったらだめなんだよー?にしても..そっかぁ..そんなに喋りたかったんだね」
「ああもおぉ..」
「でも大丈夫だよ?これから毎日通うから。」
「へ?」
こいつは今何と言った..?
「それでもう、寂しくないでしょ?」
「いや..えっと..」
「それじゃ私漫画読むから。ネタバレだけはやめて」
放心状態はしばらく続き、それが解け俺が何とか思考を取り戻した後も楓は居座り続け、結局夜の8時まで俺たちは同じ部屋で喋り続けた。
はっきり言って、とても幸せな時間だった。
「じゃ、また明日ね。」
「本当に..来るのか?」
「当たり前じゃん。来る。」
「その...いいのか..本当に?」
「あ、でも部活は行かなきゃだから時間は遅くなるよ?」
「いやそうじゃなくて..」
「大丈夫。秘密にするから。じゃあねー」
そう言うと楓は玄関の扉を開け、視界から消えた。
男として見られていないんだろうか。多分..そうだと思う。でも、それでも嬉しい。
明日はきっと、今日より気分が良い。
不定期ですが、今月はそこそこ更新すると思います。よろしくお願いします。