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24話 柊の冠に込められた想い

「へえ、面白いね。杖と詠唱に、そんな効果があるんだ」


 ハーカナ子爵を呼び出し、自ら尋問を行っていた王兄アンテロは、ニヤリと口角を持ち上げる。

 ユリウスによく似た銀髪と赤い瞳を持っているが、こちらは流麗というよりは酷薄だ。

 その証拠に、目の前のハーカナ子爵は震えあがっている。


「も、申し訳ありません! 魔物を召喚できると分かって、リリナからは杖を取り上げていたのですが! まさかリリナが杖を入手して、あの魔法を学園で使用するなんて、思ってもいなかったのです! すぐに勘当します! ハーカナ家とは縁を切ります!」

「それで許されるとでも思ってる? だったら頭が沸いてるな。危険な魔法をつかう者を匿う行為は、王家への反逆罪だ」


 ふふっと笑ったアンテロに、ハーカナ子爵は一気に顔を青ざめさせる。


「知っているんだぞ。お前はヒルダの領地に迷惑をかけた。僕がそんな奴を見逃すはずがないだろ」


 そしてアンテロはハーカナ子爵へ無情に告げる。


「全財産、没収だ。僕の研究費は、いくらあってもいい」


 腕組みをして言い渡された内容に、ハーカナ子爵は崩れ落ちた。


 危険な魔法をつかう者として、リリナの身元は王族預かりとなり、まもなく魔法学園を退学した。

 結月と違って魔力が残っているリリナは、野放しにはできないと判断されたようだ。

 突然、学園からいなくなったリリナに、その取り巻きたちは動揺したが、やがてその存在は忘れられていった。


 ◇◆◇


「この世界では、男性にどんな誕生日プレゼントを贈るのでしょうか?」


 顔を真っ赤にした古都子が相談している相手はソフィアだ。

 去年はミサンガを贈ったが、今年は何にしようか。

 そもそも一般的に、男性には何を贈るべきなのか。

 古都子はこちらの世界の常識を知らなさ過ぎた。

 

「去年は、お守りを贈ったんです」

「魔物の討伐に参加しているハルオミには、ぴったりね」


 うんうん、とソフィアが頷く。


「基本的に女性から贈るのは、手作りの物が多いわね。……コトコ、刺繍は得意かしら?」

「壊滅的です」

「ムスティッカ王国では、柊の冠をよく刺繍するから、それだけでも覚えてみない? もちろん私が教えるから」

「柊の冠……硬貨に刻まれている、あの模様ですか?」

「そうよ、柊の葉にはトゲがあるでしょ? 花言葉に『防衛』という意味があるの。この国の女性は、それを男性の肌着の左胸に刺繍して、心臓を護ってという願いを込めるのよ」


 へえ、と古都子は感心する。

 ソフィアに話を持ち掛けて良かった。


「教えてくれて、ありがとうございます。私、刺繍に挑戦してみます!」

「うふふ、明日から練習を始めれば、冬までには何とか形になるわ。刺繍糸は私がたくさん持っているから、コトコは針だけ用意しておいてね」

「分かりました。ソフィアさま、どうぞよろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げる古都子に、ソフィアは最後まで、いい笑顔を崩さなかった。

 そして古都子と別れた後、ふたりの会話をソフィアの隣で聞いていたエッラは確認する。


「ソフィアさま、柊の冠の刺繍についてですが……あれは基本的に、既婚男性の肌着に刺すものですよ?」

「知っているわよ」

「それに意味合いも、微妙に違いますよね? この男のハートは私のものだから手を出すな、みたいな感じじゃなかったですか?」

「そうね、間違ってないわね」

 

 疑問符を飛ばしているエッラと違い、ソフィアの笑顔は深まる。


「まだコトコとハルオミは、恋人じゃないですよね?」

「もう恋人みたいなものじゃない。それに、牽制は早いに越したことないのよ」

「牽制ですか? それは誰に対してですか?」

「ハルオミは卒業と同時に、ミカエルの近衛騎士に抜擢されるわ。近衛騎士はほんの一握りだけのエリート、高位貴族でも腕がなければ就けない、栄誉ある職よ。そうなれば、これまでハルオミを相手にしていなかった令嬢たちが、砂糖に群がる蟻のようにやってくるでしょう」

 

 それこそ目の色を変えてね、とソフィアが付け加える。

 エッラはそれを想像しているようだ。


「蟻除けのための刺繍なんですね」

「コトコには特別に、トゲの鋭い柊の冠の図案を伝授するつもりよ。それを濃い深緑色の刺繍糸で刺してご覧なさい。たいていの令嬢は、目にしただけで尻込みをするわ」


 トゲの鋭さは、手を出したら反撃するという意味、色の濃さは、愛の重さを意味する。

 

「なるほど、先手必勝ですね!」


 エッラが納得して、手をぽんと打つ。

 そんな主従の会話があったと知らず、次の日から古都子は真面目に刺繍のレッスンを受けた。

 最初はハンカチの隅に、ソフィアの言う通りの図案を描いて、繰り返し針を刺して練習した。

 ある程度、柊の冠だと分かるレベルになったら、恥ずかしがりながら晴臣に肌着のサイズを聞き、購入した肌着へ実際に刺繍をし始める。

 ハンカチとは材質が違い、手間取る場面もあったが、古都子は願いを込めて針を布地にくぐらせる。

 

(晴くんの心臓を、護ってください)


 一針一針、大切に刺された柊の冠が完成する頃、空から雪が舞い始めた。

 この世界に、冬が来たのだ。


 ◇◆◇


「晴くん、お誕生日おめでとう!」


 古都子から手渡されたプレゼントは、柔らかな紙に包まれていた。

 青いリボンがかかったそれは、きっと晴臣の想像しているものだろう。

 一か月前、もじもじしている古都子から、肌着のサイズを聞かれた。

 そのときに晴臣はピンと来たのだ。

 きっと次の誕生日プレゼントは、手縫いの肌着だろうと。


「ありがとう。中を見てもいい?」

「うん、いいよ」


 にこにこしている古都子の表情から、上手にできたのだと分かる。

 晴臣も嬉しくなって、そっとリボンを解いた。

 中から現れたのは、やはり肌着だった。

 しかし――。


「え……これ」


 ガタガタしていない真っすぐな縫製は、明らかに古都子の手縫いではない。

 だが、問題は肌着ではない。

 左胸に刺繍された、おどろおどろしい柊の冠だ。

 鋭いトゲを数多と振りかざし、どす黒い深緑色の糸で刺繍してあるそれ。

 刺繍糸の色を選んだのは、もちろんソフィアだ。

 晴臣は、既婚者も多い兵団に所属しているので、トゲや糸の色の意味を知っている。

『私の男にちょっかいを出したら承知しないぞ』というニュアンスだったはずだ。

 

「古都子、この刺繍の意味、知ってるか?」

「もちろんだよ。晴くんのここを、しっかり護ってくれるように、気持ちを込めたからね」


 そう言って、古都子は心臓に手を置く。

 ちょっと意味を勘違いしているらしい古都子が、晴臣には可愛く思えた。

 

「嬉しい。大切に着るよ」

「よかったら、晴くんが肌着を買い替えるたびに、刺繍するよ。せっかく覚えた刺し方を忘れないように、定期的に繰り返したいから」


 晴臣は古都子の提案を受け入れる。

 そして晴臣の肌着の全てに、柊の冠が刺された頃、ふたりの学年は上がり、三年生になっていた。


 ◇◆◇


「坊主、洒落た肌着じゃないか」


 軽鎧から着替えていた晴臣は、兵団長ウーノに声をかけられた。

 これまで兵団の仲間にも、さんざん突っ込まれた柊の冠が刺繍された肌着を、ウーノは面白そうに見ている。


「いつの間に既婚者になったんだ?」

「まもなくです」


 恥じらいも見せずにキッパリと言い切る晴臣に、ウーノは腹を抱えて笑った。


「ふはっ、強くなったな。真っすぐな顔付きをしている。それでこそ男だ」

 

 どんと背中を叩かれ、それがウーノなりの寿ぎだと分かる。

 晴臣は感謝を込めて、ウーノへ頭を下げた。

 心はもう決まっている。

 今年の古都子の誕生日プレゼントは、指輪にしようと思っていた。


「ウーノ兵団長、求婚するときの指輪って、どこで買えばいいんですか?」

「おい、独身の俺に、それを聞くのか? 酷ってもんだろ、そりゃ」


 苦笑いをしながらも、面倒見のいいウーノは、王都の大通りに面した宝飾店を教えてくれる。


「坊主のことだから、これまでの報酬も、あんまり使ってないんだろう? だったら、ちょっと大きな宝石がついてる指輪も、この店なら買えるだろうよ」

「ありがとうございます。行ってみます」


 さっそく晴臣は、帰り道に件の宝飾店へ立ち寄り、その場で指輪を購入した。

 あとは古都子へ渡すときの、言葉を考えるだけだ。

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