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11話 誕生日の贈り物

 それから晴臣は、兵士たちと一緒に研鑽を積み、そこそこの剣の腕前になった。

 そして15歳を前にして、初めて魔物の討伐へ参加したのだ。


「いいか、坊主、決して無理はするな。駄目だと思ったら、引くことも大事だ」


 ウーノに檄を飛ばされ、晴臣は剣の柄を握り直す。

 王都の周りには、ときおり大きなサソリ型の魔物が現れて、隊商や旅人を襲っていた。

 それを退治するため、兵士たちは隊を組んで、王都の郊外へと向かう。


 結果として、ウーノが率いる兵団は勝利を収めた。

 初陣だった晴臣も、なんとか魔物に一太刀を浴びせることができた。

 そしてこの世界に来て初めて、自ら稼いだ報酬を手にしたのだった。


「助けた隊商たちが、近くで露天の店を出している。せっかくだから、破れた手袋を買い直したらどうだ?」


 配られた金貨を、じっと見つめているだけだった晴臣に、ウーノが声をかける。

 兵士たちは家族へのお土産などを、店で見繕っているようだ。

 それを見て、ふと晴臣は思い出す。

 今日は古都子の誕生日だった。


 手袋を売っていた店の店主に、女の子への贈り物には何がいいのか聞いてみる。

 思いがけず本気度の高いものを勧められ、戸惑いつつも並ぶ宝飾品を見てみた。

 古都子の黒い髪に似合いそうな髪飾りを探していると、ウーノから招集がかかる。

 もっと時間があればよかった。

 仕方なしに手袋だけを買い、晴臣は走る。

 きっと古都子も、この世界のどこかにいる。

 晴臣が16歳になる年に、魔法学園で会えるはずだ。

 それまでには必ず、誕生日プレゼントを用意しようと決めた。


 ◇◆◇


 秋になり、古都子はサイッコネン村へ、再度赴いた。

 銀山の隣では、半年ほどかけて建てられた温泉施設が、古都子を出迎えてくれる。

 

「きらびやかですね。まるでホランティ伯爵の馬車みたい」

「温泉施設に来た人に、どうしたら喜んでもらえるだろうか、と考えたらこうなった」


 お城のような温泉施設に、古都子は目を丸くする。

 これは日本でいう、テーマパークに近い。

 非日常を楽しむ場所だ。

 

「温泉だけなのは、もったいないですね。長期滞在のための、旅館とかあるといいのに」

「村長からもそういう意見があったので、検討しているところだよ」


 温泉施設の裏手に周ると、そこには地下から湧き出る温泉を、風呂場へ通すパイプがあった。


「噴き出しそうな水を温めて、この温泉と繋げたらいいんですね?」

「坑道内に噴き出さず、無事にパイプから温泉となって出てきてくれれば、すべての計画がうまくいく」

「誘導するために水の道を作りつつ、坑道の補強もしてみます」

「しばらく見ぬ間に、ずいぶん複雑な土魔法がつかえるようになったね」

 

 ホランティ伯爵が古都子の言葉に驚く。


「私が失敗したら、これまでの皆さんの頑張りが、台無しになってしまいますから」


 だから、古都子はフィーロネン村の田畑をつかって、ひたすら魔法のレベル上げをしてきた。

 土との親和性を高め、相互理解を深めた古都子は、サイッコネン村の銀山へ語りかける。


(坑道へ噴き出しそうな水を導く道を作るよ! 同時に、水がなくなって脆くなりそうな坑道を補強して!)


 古都子のお願いが土に伝わり、粘土のようにぐにゃりと地層が動き出す。

 ホランティ伯爵はそれを興味津々で見ていた。

 土に導かれ、地下水は地熱の届く場所を目指す。

 深さ数キロに及ぶ水の道を正確に作ると、温まった水を今ある温泉の水脈に繋げる。

 かさの増えた温泉水は、勢いよくパイプから噴き出し、温泉施設の風呂場へと向かっていった。

 

「おお、素晴らしい」


 ホランティ伯爵の感嘆の声が聞こえて、温泉水の誘導は成功したのだと分かる。

 次は坑道の補強だ。

 水を抜く段階である程度は固めているが、細部の確認を始める。

 足元、側面、天井――。

 地中に崩れそうな穴はないか、新たな水が入り込んでないか。

 銀の鉱脈へと続く長い坑道を、古都子は丁寧にスキャンした。


(大丈夫みたいね。それにこの銀山、なんだか嬉しそう)


 ふっと土から意識を放し、古都子は遥か先に見える頂を見上げた。

 土にも性格があるのだろうか。

 この銀山は、麓で人が賑やかにしているのを、喜んでいる様子があった。

 

(サイッコネン村の人たちを、どうぞよろしくお願いします)


 古都子は、心の中で、そっと祈った。

 そうして任された仕事をやり切った古都子は、久しぶりに魔力切れを起こして目を回したのだった。


 ◇◆◇


 大麦の種を撒き終わると、フィーロネン村は冬支度を始める。

 古都子はヘルミおばあさんから、丸い焼き菓子の作り方を教わっていた。

 日本にいたときから、製菓にはあまり興味がなかった古都子だったが、このお菓子への愛着に負けた結果だ。

 なにしろ春からは、魔法学園での生活が始まる。

 この焼き菓子は家庭でつくるもので、お店には売っていないという事実を知った古都子は、どうにかして食べ続けるために頑張っていた。


「簡単だから、大丈夫よ。すぐに覚えられるわ」


 優しいヘルミおばあさんに励まされ、古都子は卵と蜂蜜と砂糖をへらで混ぜている。

 先ほど、ヘルミおばあさんに、お手本を見せてもらった。

 見ているときは出来そうだと思ったのに、やらせてもらうと難しい。

 あちこちに飛び跳ねる生地を相手に、古都子は奮闘する。


「次は小麦粉ね。これはふるってから入れると、ダマにならないのよ」


 混ぜるよりは切るようにへらをつかってね、とヘルミおばあさんに言われたが、切るようにへらを動かすと、いつまでも生地が混ざらない。


「ヘルミおばあさん、これ混ざらないよ?」

「貸してちょうだい。こうするのよ」


 古都子からへらを受け取ったヘルミおばあさんは、手早く生地を切り始める。

 その手の動きの早さに、菓子作りは重労働なのだと古都子は認識を改めた。

 

「すごい……あっという間に生地が混ざった」

「最初は手が疲れるでしょうけど、慣れるのよ。そのうち目を瞑っていても、作れるようになるわ」

「ヘルミおばあさんは、もう何度も作ってきたんだよね?」

「そうねえ、シスコが小さいときから、手軽なおやつと言えばこれだったわね」

 

 ふふふ、とヘルミおばあさんは笑った。

 

「シスコは、ジャムをたっぷりのせて食べるのが好きでね。特に焼きたては格別なのよ」


 古都子のいた日本では、バターを乗せてリベイクしたり、アイスクリームを乗せて食べたりしていた。

 焼き菓子自体が素朴で、ほのかな甘さだから、アレンジの伸びしろだらけなのだ。

 

「コトコちゃんも、いつか自分の子どもに作ってあげる日が、くるかもしれないわね」


 熾火で温められた石窯に、丸く生地を落とした天板を滑り込ませる。

 しばらくして香ばしい甘い匂いがしてきたら、完成なのだそうだ。

 

「手順は覚えたけど、自分ひとりで作れるかどうか……」


 まだ不安が残る。

 険しい顔をしている古都子に、ヘルミおばあさんは温めた牛乳を渡してくれる。


「魔法と一緒よ。何度も作っているうちに、上達するわ」

「うん、確かに!」


 ヘルミおばあさんの助言に、古都子は顔を明るくする。

 古都子がフィーロネン村で過ごすのも、残り数か月だ。

 異世界へ飛んできたことに絶望し、元の世界で死んだことに呆然とした日もあった。

 両親や晴臣との別れに泣いた日もあった。

 だが、ここで暮らした多くの日は、喜びと笑いに満ちていた。


「ヘルミおばあさん、ありがとう。私、これからも頑張るね」


 古都子はたくさんの意味を込めて、感謝の言葉を口にした。


 そして、いよいよ春がやってくる。

 古都子を王都にある魔法学園へ送るため、ホランティ伯爵が馬車に乗って迎えにきた。

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