日常の風景1:横断歩道の騎士(ナイト)二人
よく晴れた秋晴れのとある街の交差点。
窓を開けたままトロトロと車を走らせていると、信号が黄色に変わったのでブレーキを踏んだ。停止線の前でスムーズに停まる。
よしよし、オレの運転技術もなかなかだな……と自分で自分を褒めてやる。
「全く……」
先ほどの恋人からの心無い一言を無駄に思い返してしまうので、偶に小さなことでも自分を褒めてやらないと、どんどんイライラが募ってしまう。
「こっちの気持ちも理解しろよな……」
何で女はわざわざ感情を逆撫でするようなことを言うのか。意味がわからない。思わず『別れて会社の同僚の若い子と付き合っている自分』を夢想する。
一人ニヤニヤしているところで、反対側の交差点に小学生高学年くらいの三人が信号を待っているのに気づいた。
髪の長いお淑やかそうな女の子と割としっかり目の男の子二人。どうやら見た目よりキツいらしく、女の子が二人を仕切っているらしい。
「お前らも大変だなぁ……」
まるで女の子の文句を言う声が聞こえてきそうだ。
というわけで三人のセリフを勝手にアテレコしながら勝手にストーリーを想像する。
◇◇
すまし顔で女の子はたまに後ろを向いて何かをビシビシ言っている。しかし、男の子二人の方は互いに顔を向き合わせて『やれやれ』とポーズを取り合う。女の子は前を向いているので、男の子達の態度には気付いていない。
交差点の信号が変わると女の子は自信満々に宣言する。
「さぁ、渡るわよ!」
信号が青になったことをしっかり指差し確認すると、澄まし顔のまま車道に一歩足を前に出す。一歩目が地面に着くか着かないかのところで、後ろの男の子が背中のランドセルごと強引に後ろに引っ張った。
転びはしないが思いっきりよろける女の子。
「な、何するのよっ!」
語気を強めたところで、信号無視の車が猛スピードで交差点を進んで行った。正しく、一歩間違えば大怪我で済めば幸運な事故になるところだ。
「左右は見た方がいいよ」
優しく忠告するが、まだ女の子は呆然としている。
ふと事態を把握したのか両腕を抱いて不安そうに通り過ぎた暴走車を見つめる。
そこで、はっと気づき二人に言い放つ。
「私は悪くないわ! あの車が信号無視よっ!」
顔を見合わせる男の子達。
もう一人の男の子が、まだ指を刺して暴走車を非難する女の子に対して穏やかに説明する。
「そうだね。でも、道路を渡る時は左右を見るべきだ。あんな奴のために怪我をする必要は無いからね」
少しの沈黙。
尤もなことを言われて徐々に女の子の顔が赤くなる。
「わ、私は悪く無いのっ!」
二人にビシッと伝えると、再び大股で横断歩道に歩を進める、が、白線に足が着く前にパタと動きが止まり左右をそっと見始めた。
右、左、右、車がいない事を丁寧に確認してからホッと息を吐く。そこまでしてから、今の確認動作を見られたかも、と恥ずかしくなり振り返って二人をキッと見て叫んだ。
「悪くないっ!」
進むのを再開。大股で進むが耳は真っ赤だ。
再度二人は顔を見合わせ、大人しく女の子の後ろをついていく。どちらが保護者だよ、と言わんばかりだが、もちろん二人はそんなことは言わない。
ただ、女の子を優しく見守りながら、そっと後ろをついて行く。
◇◇
「まぁ、オレも悪いか……」
後で連絡してメシでも奢ってやるか。
信号が青に変わる。
念の為、右、左、右、と安全確認したところで背後からクラクションを鳴らされた。
End